承継
山崎家家系図
屋号 播磨屋九郎兵衛(元禄年間)我が先祖は慶長十五年西蓮寺と共に能登輪島郷鵜入村字小島より当新村に移住す(新潟県西蒲原郡岩室村字間瀬)田の中にあり故に元は田中姓なりしも明治維新の時、田中姓多きため山崎姓を名乗りたり、慶長十五年より間瀬村に住み着くこと実に四百年間であった。

明治20年 山崎栄太郎(修の曽々祖父)北海道札幌に新天地を求め移住す。輪島屋又は播磨屋、能登屋などの屋号の今日現存するも亦奇妙なり。輪島屋、播磨屋等の名称は能登に在りし由、西蓮寺の在記に有し也と言う。昔は姓なし唯屋号のみを称せり、例えば能登屋源平、船大工九平等と称名維新後横山、若杉等の姓あるも元は田中なれば墓字には皆田中と彫刻セル也、寺院の過去帳は徳川幕府に戸籍簿を寺院に委任せるより始まれり。故に過去帳は主に元禄以降の記録にして、それ以前にはなし、故に法名記記はなし。

今でも会社名の屋号に「まる栄」とついているのはこれによる。

栄太郎は新潟生まれ。明治20年(1887年)北海道庁舎(現在の赤レンガ庁舎)建築のため会津班として来道し、石工事に従事。

翌明治21年、札幌に移住。明治38年に札幌豊平に石材店を開業。

石造彫刻の名人といわれ、札幌神社(現北海道神宮)前の唐獅子、室蘭八幡宮神前の唐獅子、札幌三吉神社など各地に石材彫刻を残す。


2代目岩吉は、父栄太郎に師事し石工として家業に専念。

札幌大通り郵便局の石造り、札幌各地の石像、石碑などを造るとともに弟子育成にも力を注いだ。


3代目の鶴吉は岩吉の長男として生まれ、家業継承者として鍛えられる。弟栄吉に豊平の店をまかせ、昭和4年に来滝。それ以来、滝川に移り住む。鶴吉25歳の時である。
この年、4代目で前社長の山崎 巌が誕生する。

以後、滝川神社の石灯篭、忠魂顕彰碑、消防顕彰碑、石川啄木碑など中空知の石碑を数多く手がけたほか、今もリンゴ農家にわずかに残る石造りのリンゴ室(むろ)を数多く造った。また石造りの倉庫も手がけている。

4代目 巌はいち早く石材加工に機械化を導入し墓石需要が増加する中、加工・技術を追求して市場の要望に応えた。

5代目 山崎 修は1992年アルベールビル冬季オリンピック モーグル競技で日本人唯一人出場。全日本選手権優勝3回 パンパシフィック大会優勝 ワールドカップ当時歴代日本人最高位の9位など、モーグル創世記に輝かしい成績を残した。

現在は、お墓は人生の物語として、お客様の想いをデザインするお墓づくりに取り組んでいる。
2021年7月1日より スマートシニア株式会社のシニアパートナーとして「お墓に想いでの引き出しを追加する」サービスを開始
想いでコミュニケーションズとして、全国の地域に根差し石材店と共にお墓を未来に継承するサービスを展開中!

山崎家墓所:札幌市里塚霊園 墓所マップ
山崎家先祖代々のお墓:新潟県間瀬 西連寺 墓所マップ

このメッセージは、 2022年7月26日に、山崎山崎石材:管理者さんが投稿
今年
このメッセージは、 2021年9月26日に、山崎奈緒子さんが投稿
入った
このメッセージは、 2021年8月13日に、藤原那奈さんが投稿
北海道新聞で記者をしております、藤原と申します。「想いでサイト」を記事で紹介するため、先日は山崎修様から「山崎家のあゆみ」サイトにご招待頂き、ありがとうございました。
おかげさまで「想いでサイト」についての記事を、朝刊空知版に掲載することができました。なお、サイトそのものを紹介するために拝見しましたので、記事で直接、「山崎家のあゆみ」のページの中身には触れておりません。ご安心下さい。
ご家族の歴史の1ページを見せて頂き心から感謝致します。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

北海道新聞 藤原那奈
このメッセージは、 2021年7月16日に、山崎樹子さんが投稿
今休憩中です
このメッセージは、 2021年7月2日に、山崎山崎石材:管理者さんが投稿
ありがとうございます。

メッセージの投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2022年7月26日に、山崎山崎石材:管理者さんが投稿
今年
このメッセージは、 2021年9月26日に、山崎奈緒子さんが投稿
入った
このメッセージは、 2021年8月13日に、藤原那奈さんが投稿
北海道新聞で記者をしております、藤原と申します。「想いでサイト」を記事で紹介するため、先日は山崎修様から「山崎家のあゆみ」サイトにご招待頂き、ありがとうございました。
おかげさまで「想いでサイト」についての記事を、朝刊空知版に掲載することができました。なお、サイトそのものを紹介するために拝見しましたので、記事で直接、「山崎家のあゆみ」のページの中身には触れておりません。ご安心下さい。
ご家族の歴史の1ページを見せて頂き心から感謝致します。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

北海道新聞 藤原那奈
大切な方の思いで

新潟県間瀬にある山崎家お墓

山崎家は1600年代より、能登輪島より新潟県間瀬に移住
西連寺も同様に移動してきている歴史が刻まれております。
石碑は先祖供養の記念碑として、山崎鶴吉が建立いました。
新潟県間瀬 西連寺 山崎家石碑MAP

豊平墓地にあった山崎家のお墓

初代 山崎栄太郎作の山崎家のお墓は、

里塚霊園移転時に、お墓を新しく建替えたため、
この写真のお墓は、この資料しか残っていません。

北海道神宮 狛犬奉納

北海道神宮 狛犬(札幌硬石)

初代 栄太郎  作

今では、北海道神宮の片隅に鎮座していて幻とも言われているようです。


想いで

鶴吉おじじの雲のものがたりQRコード

山崎山崎石材:管理者さんが2023年8月14日に投稿
お墓参りの時に貼り付けて来ました。

三代目鶴吉の取材

山崎山崎石材:管理者さんが2021年8月23日に投稿
まだまだこれからだね!

三代目鶴吉は、札幌軟石の彫刻の名人だった。
狛犬が大好きでもありました。
電動工具を使ったことを見たことがありません。
すべて、荒取りから手作業!

ほっかいどうの狛犬

山崎山崎石材:管理者さんが2021年8月23日に投稿
丸浦正弘氏 著書のほっかいどうの狛犬」より

山崎型狛犬と紹介されました。