ForeverMissed
現在の山崎石材は5代目。初代は山崎栄太郎。

今でも会社名の屋号に「まる栄」とついているのはこれによる。

栄太郎は新潟生まれ。明治20年(1887年)北海道庁舎(現在の赤レンガ庁舎)建築のため会津藩として来道し、石工事に従事。

翌明治21年、札幌に移住。明治38年に札幌豊平に石材店を開業。

石造彫刻の名人といわれ、札幌神社(現北海道神宮)前の唐獅子、室蘭八幡宮神前の唐獅子、札幌三吉神社など各地に石材彫刻を残す。

2代目岩吉は、父栄太郎に師事し石工として家業に専念。

札幌大通り郵便局の石造り、札幌各地の石像、石碑などを造るとともに弟子育成にも力を注いだ。
3代目の鶴吉は岩吉の長男として生まれ、家業継承者として鍛えられる。弟栄吉に豊平の店をまかせ、昭和4年に来滝。それ以来、滝川に移り住む。鶴吉25歳の時である。
この年、4代目で現社長の山崎 巌が誕生する。

以後、滝川神社の石灯篭、忠魂顕彰碑、消防顕彰碑、石川啄木碑など中空知の石碑を数多く手がけたほか、今もリンゴ農家にわずかに残る石造りのリンゴ室(むろ)を数多く造った。また石造りの倉庫も手がけている。




このメッセージは、 2021年6月16日に、山崎修さんが投稿
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このメッセージは、 2021年6月16日に、山崎修さんが投稿
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大切な方の生涯

新潟県間瀬にある山崎家お墓

山崎家は1600年代より、能登輪島より新潟県間瀬に移住
西連寺も同様に移動してきている歴史が刻まれております。
石碑は先祖供養の記念碑として、山崎鶴吉が建立
新潟県間瀬 西連寺 山崎家石碑MAP

山崎家お墓(札幌市豊平墓地→里塚霊園)

山崎栄太郎からの山崎家お墓
先祖供養塔も供養しております。

津波記憶石制作設置

2011年12月9日  津波の記憶を石碑に刻み、後世に教訓を伝えていく全優石のプロジェクトが 第一歩を踏み出しました。 一般社団法人全優石では今後も、東日本大震災の地域の声を聞きながら、500基を目指し継続支援していきます。 山崎石材工業㈱(北海道)はこのプロジェクトに支援いたします。 企画:全優石(一般社団法人全国優良石材店の会) デザイン:アートディレクターの巨匠 浅葉克己氏 プロジェクトスーパーバイザー:起案家 城井廣邦 津波記憶石第一号製作・施工:山崎石材工業㈱(北海道)全優石加盟店 施工協力:有限会社北上石材店 有限会社三浦屋石材店 (岩手県)全優石加盟店 プロジェクト全面協力:全優石加盟店
直近の思い出