ForeverMissed
この追悼サイトは、私たちの愛する人 山崎 巌さんを記念して作成されました。

享年88歳 誕生日 1929年12月25日 命日 2018年4月25日
父は、生涯一生懸命に生き抜きました。

このメッセージは、 2021年7月8日に、 ステラさんが投稿
いつもありがとうございます。
このメッセージは、 2021年7月5日に、山崎修さんが投稿
小向さま 父の想いでサイトを見て頂きありがとうございます。
このメッセージは、 2021年7月2日に、小向龍悦さんが投稿
こんにちは。
このメッセージは、 2021年6月19日に、山崎修さんが投稿
今日お墓詣り行きました。

メッセージ投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2021年7月8日に、 ステラさんが投稿
いつもありがとうございます。
このメッセージは、 2021年7月5日に、山崎修さんが投稿
小向さま 父の想いでサイトを見て頂きありがとうございます。
このメッセージは、 2021年7月2日に、小向龍悦さんが投稿
こんにちは。
大切な方の生涯

巌 1歳

昭和5年の写真 
生年月日は昭和4年12月25日だが、戸籍上は昭和5年1月2日になっている。

昔は数えの年齢だったので、12月25日生まれだと、生まれてすぐに2歳となるので
可哀そうということで、翌年1月2日となった。(1月1日だとめでたすぎるとのこと)

昭和4年 山崎石材本店を札幌 豊平から滝川 花月町に移す

昭和4年と言えば、巌の生まれた年。
巌の母 ヨシは身重の体で新天地滝川に巌の父 鶴吉とともに山崎石材本店と共に移住
タンスなど家財道具には赤紙が貼られていたと聞いてます。
山崎石材本店map

兄弟の写真

巌 忍 力 正 かな?
直近の思い出

デンマークにお墓の勉強

山崎修さんが2021年7月8日に投稿
デンマーク

けいた

山崎修さんが2021年7月8日に投稿
そり

父と初めてのスキーふたり旅

山崎修さんが2021年6月30日に投稿
1975年 父と小学生の時に二人で初めて行ったニセコは忘れないエピソードの一つだった。
ニセコヒラフからアンヌプリへの帰り道、猛吹雪で一寸先、視界不良となり
当時小学生だったぼくは、父だけが頼りだった。

何とか難を逃れて宿に帰ることができたが、後日、大人になってその時の
状況を尋ねると、父は「あの時は焦っていた」(笑)って言っていたのを想いだす。
宿は、2021年の今もそれほど変わらないたたずまいの昆布温泉グランドホテル