承継
メッセージ
このメッセージは、 2023年3月9日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
1919年(大正8年)11月17日にはついに鉄道院から地下鉄道免許を「東京軽便地下鉄道」として取得し(この免許の条文に『東京市が地下鉄を買い取る時には、それを拒めない』という文言があった)、大正9年(1920年)8月29日に創立総会が紛糾する場面があったものの、東京地下鉄道株式会社を設立する。社長には工学博士の古市公威が就任し、取締役には根津も名を連ね、早川は常務取締役に就いた。大正14年(1925年)9月27日に浅草 - 上野の地下鉄工事を開始する。
このメッセージは、 2023年3月9日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
初めは公共交通として鉄道省や自治体に建設を働きかけたものの、早川の先見性は理解されなかった。東京の軟弱な地盤の地下に構造物を建設することについて、技術的・資金的に無理だと判断されたことや、事業として成り立つか不透明であったことが要因だった。やむを得ず私営での建設を決意し働きかけるも、同様に理解はほとんど得られなかったが、数少ない理解者に後藤新平や、大隈重信ら早稲田系の人脈、渋沢栄一がいる。

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