ForeverMissed
この追悼サイトは、 藤澤家 (新潟県小千谷市)の家族史(家史)です。


<サイト説明>
家族史「家系図」「家族の思い出写真」「家史」「思い出エピソード」などをデジタル化してウェブサイトで永代保存できるので便利です。

永代保存について近年、保管スペース、管理費、引き継ぐ人、災害時、紛失などの問題で物(もの)を未来につなげることが難しくなっております。追悼com は、ネット上に構築された12年の実績のある「世界280万人のネット上墓地」を使用いただくことで永代保存を担保しています。またこのネット墓地管理には、日本国内で百年以上の歴史のある寺院・霊園・石材店パートナーさまを管理人登録いただくことにより永代保存と「一か所で集中管理」も可能になりました。
WIKIウィキペディアの原本としても使用可能


藤澤家(新潟県小千谷市)は、電気工事会社:「藤沢電機」を営む3代続く商家です。 
昭和34年(1959)設立当時は一般家庭の「ランプから電気」の普及を目指し、東北電力(株)を定年した1代目と2代目が加わり電線引込工事を専門としました。
現在では3代目となり電設・設備・電力・情報通信各工事の施工・点検・メンテナンスサービスを一貫して行える総合電機会社として地域に微力ながら貢献したいと考えております。

  • 現時点では、4代目が不在のため「家じまい」として、家の歴史を未来につなぐべく、この家族の歴史ウェブサイトを作成しました。今後は一層内容を充実し、後世に何らかの役立てるような情報を記載できればと決意しております。
  • 親戚の方々は、いつかお会いできるために そして未来永劫につながるためこのサイトに登録いただけると幸いです。


<お役立ちメモ> 

トップページをつくろう!

この追悼パージ部分は、一族の歴史として 「一族の由来」、「初代から代々の足跡」、「暮らした土地や建物」などを自由にメッセージで追加してください。またここでは、家族会・追悼イベントなどを追加することにより親族関係者への連絡網としての使用が可能です。
使える機能: 1)親族メール登録により自動お知らせ 2)QRコードでお知らせ機能

このメッセージは、 2021年6月17日に、藤澤哲雄さんが投稿
藤澤家の本家は、長野県中野市のお寺の住職だったそうです。 ひい叔父ちゃんは蚕の技師で長野から新潟県に移り住んだとのこと(孝談)

メッセージ投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2021年6月17日に、藤澤哲雄さんが投稿
藤澤家の本家は、長野県中野市のお寺の住職だったそうです。 ひい叔父ちゃんは蚕の技師で長野から新潟県に移り住んだとのこと(孝談)
大切な方の生涯

藤澤家系譜(家族の人生史)-サンプル

「家」を一つ系統(名字)とする家系図
伝統的な家系譜のスタイルの家系図横系図式をイメージしてください。横家系図は右から左ですが、ここでは上では上から下となります。 これはで系図を巻物に右から左(ネットの場合は上から下)に書き綴るイメージで、いくらでも長いもの作成が可能です。


<お役立ちメモ>
家族史・人生史・家系図をつくろう!

  • 家族1人に対して、1つブロックで作成します。1ブロックは「写真」と「メッセージ」の組合せです。
  • また、紙媒体で作成した家系図は、写真に撮りデジタル化してこのページで保存できます。
ブロック内のメッセージ:
  • 「メッセージ」の内容:生い立ち→幼少期→成人期(仕事・趣味)→シニア期+エピソードを写真と加えて簡潔に作成 (後でいつでも変更追加可能ですので下書きから始めてください、また招待機能により共同作成も可能です。)
  • 生まれた場所や・ゆかりの建造物・家族に関係する資料はリンクを作成することが出来ます。
  • ブロックで作成された人で、さらに詳細を追加したい場合は個別に「追悼サイト」を作成してリンクすることができます。⋆またウィキペディアなどの作成しリンクを張ることも可能です。
全ブロックをまとめると家系図が完成:
  • 伝統的な家系譜のスタイルの家系図横系図式をイメージしてください。横家系図は右から左ですが、ここでは上では上から下となります。 これはで系図を巻物に右から左(ネットの場合は上から下)に書き綴るイメージで、いくらでも長いもの作成が可能です。
  • 分家となる、子供の情報は生母(妻)の中に追加。もしくはブロックで詳細追加作成も可能です。


1.藤澤進 (初代)

生誕:1894年11月27日 新潟県川口市(現:長岡市)
死没:1989年4月27日(94歳没)新潟県小千谷市(自宅にて)
戒名:

東北電力で定年を迎え、藤沢電機を創立。昭和初期のロウソクの時代から家庭に電気を引くという作業を請け負い電気工として生涯を終える。
生い立ち新潟県北魚沼郡小千谷町(現在の小千谷市)の次男として生まれた。藤澤家は元禄時代より長野県で寺院を営んでいた。
幼少期1900年明治33年)に小千谷尋常高等小学校に入学し、1906年(明治39年)に卒業。小千谷にて東北電力の電気作業に従事する。
成人期:東北電力では、水力発電ダムの電気関連メンテなどを手掛けていたため、新潟県内での移動が多かった。第二次世界大戦で電気工事の作業兵として徴収され満州で過ごす。戦後帰国するが、多くの惨劇を見て戦時中のことは語らない人となる。

シニア時代:50歳で東北電力を定年すると、全国旅行に妻のハルと出かける。四国の四国八十八箇所など寺院をめぐる旅がおおく、節約のためいつも安いバスや電車を多用していた。孫を連れてよく旅行に行っていた「いいおじいちゃん」であった。有限会社藤沢電機を55歳で家計を助けるためにスタート


末期:くも膜下出血を発症し72歳で寝たきりとなる。自宅での介護生活を得て施設で77歳で死去

エピソード(趣味):日本酒が好きで、東北電力勤務時代は自宅に昼休みで帰ると食事とともに日本酒をコップで一杯飲み、仕事に出かけた。晩年は、食欲もなくご飯の代わりにお酒を飲むほどの日本酒をこよなく愛する新潟県人。


>> ハル (旧姓:渡辺)

誕生1894年1月20日
 日本新潟県北魚沼郡死没1982年6月5日(88歳没)
 日本新潟県小千谷市墓地照専寺(新潟県小千谷市)増上寺
戒名:

子供: 長男:(3歳で死去)、 次男:(2歳で死去)、3男:孝、4男:和夫(72歳没)、長女:光子、5男:秀夫


生い立ち:新潟県北魚沼郡小千谷町(現在の小千谷市)の渡辺家の次女として生まれた。渡辺家は水道工事業を営む商家であった。
幼少期:明治39年に小千谷尋常高等小学校に入学し、姉からナショナル・リーダーズを習う。この間日露戦争が始まる。1906年(明治39年)に新潟県立小千谷中学校に入学し、文学よりももっぱら絵画を好み、自然の「入神」の境地を味わい、卒業旅行は佐渡へ出た。小千谷中学卒業と共に図画教師にすすめられて画家を志望する。白滝幾之助・藤島武二らに相談の末、黒田清輝主宰の「白馬会」に入会するが、画学生の気風になじめず、父の急死により画家の道を断つ。
成人期:婚姻後の長男・次男の幼少期の死の悲しみを乗り越える。その後、堅い決意で5人の子供を東北電力の給金だけの貧乏生活ながら育て上げる。

シニア時代:50歳で夫が東北電力を定年すると、退職金だけでは生活が苦しく、夫と息子の孝を説得して、有限会社 藤沢電機をスタートさせる。 


末期:77歳でガンを発病し魚沼病院(現:小千谷病院)にて78歳で死去

エピソード(趣味):旅行と駅弁が好きで、電車は安い鈍行に乗り旅行に着物で出かけ、各地の駅弁を購入しては食べて容器や包装しを収集していた。現代のグルメ旅行家か?



直近の思い出

今まで墓標に追加できなかった祖母を追加!

藤澤哲雄さんが2021年7月12日に投稿
雪国だから、墓標がNGになり。。。。大理石のQRコードで、祖母の遺影や想いでの写真を墓前で見れるようになりました。7/3/20213より

家族のエピソードを追加しよう!

藤澤哲雄さんが2021年5月20日に投稿
<お役立ちメモ>思い出ページの活用

ここでは家族の伝えたいエピソードやメッセージを綴ります。写真とメッセージを1つのブロックとして追加します。
  • 家の始まり
  • どんな危機を乗り越えてきたか?
  • 家業の説明(なぜ会社を始めたのか? )
  • みらいに継承するもので無形のもので引き継きたいもの?
  • 祖先が導くもの?
  • 未来のためにエピソードを残す?
<お役立ちメモ>写真を追加しよう!

 
アルバムページはデジタル化した思い出として、写真・ビデオ・音声をアップロードします。

  • 家紋・会社サイン・古い家の写真、先祖代々のお墓の写真、会社建物など、家族に関係する写真を無制限に追加保存することができます。
  • 家族の写真アルバムはデジタル化して全てを「アルバム」タブ内で保存できます。
  • スライドショーが追加されていますので、家族会などの時の家族史(ファミリヒストリー)の紹介にもなります。

家紋について

藤澤哲雄さんが2021年5月17日に投稿
日本十大家紋の一つで、茗荷紋は同じショウガ科の多年草である「茗荷の花」を図案化したものです。 ミョウガという音が神仏の加護を意味する冥加に通じており、縁起が良くご加護を享けられると進行されていました。 茗荷紋の誕生は、煩悩を解説させるとして民間進行の対象であった摩陀羅神のシンボルが茗荷であったためと言われています。使用者は徳川時代には志磨鳥羽氏、近江板垣氏、他に小沢氏、国領氏、堀氏、中根氏などがあります。