承継
この追悼サイトは、 藤岡 琢也(俳優・声優)さまのために作成されました。

享年76歳 、誕生日 1930年9月4日、命日 2006年10月20日
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藤岡 琢也(ふじおか たくや、1930年昭和5年〉9月4日 - 2006年平成18年〉10月20日)は、日本俳優声優

兵庫県姫路市出身。身長165cm、体重71kg。兵庫県立姫路西高等学校卒業、関西学院大学文学部中退。

映画ではお調子者の中間管理職や中小企業の社長役を演じた。初の主演映画は1970年の『喜劇 頑張れ!日本男児』。映画では、小狡い小悪党の役も巧くこなし、単なる善良な父親だけではない幅広い役柄を演じた。1969年から森繁久彌主演の映画『社長シリーズ』にも数本出演し、1970年には明治座において森繁劇団10周年記念公演に出演した。1986年10月29日から、TBS系で放送された森繁主演のテレビドラマシリーズである『おやじのヒゲ』に10年にわたってレギュラーとして出演した。森繁からはプライベートでも実弟のように大変可愛がられていたという。小林桂樹とも昔からの共演が縁でとても仲が良かったそうで、晩年はツーカーの携帯電話のCMで一緒に共演した。

テレビドラマでは、大阪を舞台とした商人ものやホームドラマなどに数多く出演。特にホームドラマでは、小太り・黒縁の眼鏡・口ヒゲといった特徴的な風貌で登場し、「家に帰ると背広から和服に着替えて一杯飲む」という、昭和時代の典型的な日本の父親を務めて演じた点での功績が大きい。同系統の役柄を多く演じたのは1960年代には森繁が挙げられるが、その後継者的位置を確立した。また、演じる役柄によっては関西弁を強調した話し方もこなした。

1975年橋田壽賀子脚本「愛ってなぁーに」の出演をきっかけに、その後、多くの橋田作品に起用された。特に1990年よりスタートした『渡る世間は鬼ばかり』での五人姉妹の父親である岡倉大吉役は晩年の代表作と言われ、認知度も高い。

1969年から2004年までの35年間、サンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」のCMに出演していた[注釈 2]

2006年2月21日肺炎のために『渡る世間は鬼ばかり』を降板[注釈 3]。同年10月20日午後3時18分、慢性腎不全のため東京都新宿区慶應義塾大学病院で死去[1][2]。76歳没。戒名は「夢藤岡琢也霊位」。「渡る世間は鬼ばかり」2005年3月放送の第7シリーズ最終話が藤岡の遺作となった。

受賞歴[編集]著書[編集]              藤岡琢也の出演時間の画像
 橋田壽賀子ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」・・・岡倉大吉役を演じる藤岡琢也
   国民的ホームドラマ。 嫁いだ5人の娘たちと父親を中心に、それぞれの家庭や周囲
   の人々の暮らしを描く。

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軌跡

(生い立ち)

1930年、姫路市にて会社員の父・憲一の第一子として誕生[注釈 1]。当時としては裕福な家庭に育ち、成績は優秀だった。

広島陸軍幼年学校在籍時に終戦を迎え、その後、兵庫県立姫路西高等学校を卒業。

1949年関西学院大学文学部に入学するが、翌年に病気のため中退。入院中にラジオ作家の堀江史朗の弟と知り合い、退院後、芸能界入りのため堀江を頼って上京した。

(俳優への道のり)

1957年に劇団「」へ入団。当初は「平凡な顔立ち」という理由で、外国ドラマ・アニメなどの声優としての活動をしていたが、1966年に『事件記者』に急逝した清村耕次の後任としてレギュラー出演し、世間に広く知られた。続いて『横堀川』での主人公を慕い協力する寄席芸人・ガマ口役でその演技力を認められ、第4回ギャラクシー賞を受賞した。

映画ではお調子者の中間管理職や中小企業の社長役を演じた。初の主演映画は1970年の『喜劇 頑張れ!日本男児』。映画では、小狡い小悪党の役も巧くこなし、単なる善良な父親だけではない幅広い役柄を演じた。

(エピソード)

  • 桂米朝は小学校の先輩で、遠足の時に案内で手をつないでもらった。
  • キダ・タローは大学時代の同級生であり在学中に同じタンゴバンドに所属する音楽仲間であった。藤岡の担当はバイオリン、キダ・タローの担当はアコーディオンだった[3]。その後、30歳近くになった時に初めてNETテレビ(現在のテレビ朝日)『モーニングショー』の「ご対面」コーナーで共演することになる時まで、キダは俳優・藤岡琢也が同級生の藤岡茂とは知らなかったという[3][4]。なおキダによれば、この番組の収録または放送前において二人は事前にメイク室で顔を合わせており、藤岡から「うまいことやってや」とも言われていた。だが番組はあくまで対面の瞬間まで藤岡はキダが来るとは知らない、と言う設定で進められており、藤岡はこの大きさはアコーディオンかな、ひょっとして木田ちゃん?・・・などと、役者っぷりを発揮したという。