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この想いでサイトは、私たちの愛する 笹浪家 を記念して作成されました。
私たちは永遠に記憶します。


笹浪家お墓MAP
笹浪家墓所:苫小牧市高岡第一霊園 り区画第130号 間口1500×奥行2000(㎜)


上ノ国町 旧笹浪家住宅(国の重要文化財)

笹浪家 沿革
国の重要文化財に指定される、道内最古旧笹浪家笹浪家は上ノ国(桧山郡)で代々漁業を営んできた家柄である。
初代久右エ門は、能登国笹浪村 (現石川県珠洲市) の出身で、 享保   (1716-- 1735)年中に松前福 山に渡り、 のち上ノ 国に転住 し天文 2年に没した。
爾来笹浪家の当主は代々久右エ門を襲名し、実印は△・(ほしやまに)、屋号は能登屋と称した。二代目、三代目、四代目、五代目久右エ門は越後推屋谷村(現新潟県柏崎市)   五代目は「 すこぶる丹精 を抽んで 財産を分割こと数軒 と言われ、 平成四年 1月 21日指定の重要文化財旧笹浪住宅の主屋を建てた伝えれている。
五代目△・能登屋を笹浪分家、A初代笹浪兵右エ門は南部大平湊石部(現青森県大湊市)で寛政12年 (1800)生まれ、16オで松前城下に渡り、24オで上ノ国に転住した。

文政11年(1828)28オで能登屋久右衛門の婿となつて。

兵右衛門は、天保3年 (1832)57オで身男兵太郎に家督を譲ったが、三代目兵作、四代目は兵平17オで祖業を継ぎ、学務委員等多くの公職を歴任した。

埋葬の笹浪兵三郎は父笹浪兵平の子供で三男であり。現在する民家建築としては道内最古とされ る桧山管内上ノ 国町の旧笹浪家住宅、土蔵は (国の重要文化財)平成 4年 1月 21日

「宮の沢の川の水が干ることがあっても能登屋(笹浪家)のかまどは干ることはある

まい」七つの倉にないものは馬の角ばかりといわれたが漁業の衰微と共に没落した。

(重要文化財に指定)

笹浪兵三郎不(いつこ)は本家(能登屋)の財産に伴う件で、明治後期本家が所有する、住宅、土蔵、土地家の富の財産等など、一時期人手に渡りその後分家に所有す る に至 り、笹浪家の指導者的立場としての役割を果たす。

国の重要文化財いたる歴史を刻んで功績者である。(笹浪兵三郎、笹浪兵勇)

記述者笹浪兵昭

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