承継
軌跡

生い立ち

父・坂本一女は河出書房の編集者で、三島由紀夫、野間宏、中上健次らの本を手がけた。母の恵子は、銀座の宝石商に勤める帽子デザイナーであった。母方の祖父・下村弥一は、享保生命の取締役や東亜国内航空の会長などを務めた実業家である。

世田谷区で育ち、世田谷区立祖師谷小学校、千歳中学校を経て、1970年に新宿高校を卒業する。新宿高校時代は読書が趣味で、学校の図書館の貸し出しランキングでは常に10位以内に入っていたという。風月堂などにたむろしていたフォークミュージックのフーテンに影響を受け、ジャズを聴き、自らも演奏するようになる。また、ロックは好きだったが、フォークミュージックは嫌いだった。学生運動にも参加するようになる。

「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO) の頃

  • 1975年、大学院在学中に新宿ゴールデン街で意気投合した友部正人の「誰も私の絵を描けないだろう」にピアノで参加する。翌76年、武田健一と芸術実践運動「学習団」を組織し、武田のプロデュースでファーストアルバム『失意-波照間』(土取利行との共作)を発表。
  • リリーのバックバンド(バイバイセッションバンド)に参加した後、当時のリリーのマネージャーから、YMO結成のパートナーとなる細野晴臣のマネージャーを紹介され、坂本はYMOを結成する。
  • この時期、山下達郎が作詞、矢野顕子が歌った数曲や、同じく1979年に発売された大滝詠一の「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」でキーボードを担当した。大貫妙子のLP「SUNSHOWER」「MIGNONNE」「ROMANTIQUE」にもアレンジャー、プロデューサーとして参加した。

『戦場のメリークリスマス』「ラストエンペラー」

『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督)に与野井大尉役で出演、坂本はこの映画の音楽のほとんどを作曲した。またこの年、サウンドトラックからカットした『禁色』(デヴィッド・シルヴィアンと共演)が英国アカデミー賞で作曲賞を受賞。
ジョン・ローンが溥儀を、坂本が萬栄の甘粕正彦取締役会長を演じた映画「ラストエンペラー」が公開され、2人ともゴールデングローブ賞を受賞した。この曲で坂本は、日本人として初めてグラミー賞の映画・テレビ部門のサウンドトラック賞、ゴールデングローブ賞の作曲賞、アカデミー賞の作曲賞を受賞した。これにより、映画音楽作家として一躍脚光を浴びることになった。

ガンとの闘い

2014年、中咽頭癌と診断され、回復に専念するためコンサートを中止した。2015年、12月公開の映画『母と暮せば』(山田洋次監督、吉永小百合主演)の音楽で復帰。
2017年11月には第74回ヴェネツィア国際映画祭で正式出品されたスティーブン・ノムラ・シブル監督のドキュメンタリー映画が公開予定、2021年1月に直腸がんと診断され、2020年6月にニューヨークで転移の手術を受ける。
2022年3月、東京・サントリーホールで開催された東北ユースオーケストラの演奏会に坂本が出演し、吉永小百合が詩を読みながらピアノを弾き、新曲「いま時は傾く」を初演。
2022年6月に「ステージ4」のがんであることを明かし、昨年10月と12月に両肺に転移したがんを取り除く手術を受けてい。