ForeverMissed
このLifeサイトは、私 山崎 修自身のこれまでの人生の足跡と未来を記念して作成しております。
限りある命を見つめ、さらなる高みを目指す人生を歩む所存です。
このメッセージは、 2021年9月16日に、 高橋さんが投稿
テスト
このメッセージは、 2021年9月13日に、 岩田タカヒロさんが投稿
テスト投稿です。
このメッセージは、 2021年7月13日に、高橋由裕さんが投稿
ありがとうございます
このメッセージは、 2021年6月20日に、山崎樹子さんが投稿
修withまダニ
2021.6.21
このメッセージは、 2021年6月19日に、山崎修さんが投稿
川村さんありがとう。
このメッセージは、 2021年6月19日に、川村勇斐さんが投稿
テストメッセージです
このメッセージは、 2021年6月18日に、山崎修さんが投稿
だいじょうぶ
このメッセージは、 2021年6月18日に、山崎修さんが投稿
お墓なんでもまい

メッセージ投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2021年9月16日に、 高橋さんが投稿
テスト
このメッセージは、 2021年9月13日に、 岩田タカヒロさんが投稿
テスト投稿です。
このメッセージは、 2021年7月13日に、高橋由裕さんが投稿
ありがとうございます
大切な方の生涯

父 巌とニセコ二人旅

昆布温泉グランドホテルに泊まった。
たぶん、汽車を使って行ったと思う。
父は、車の運転があまり好きではなかったので、滝川→ニセコ間は乗らなかっただろう。
アンヌプリスキー場からニセコひらふスキー場に滑りに行って帰りに1,000m台地から
アンヌプリに戻る際、風が強く一寸先が見えなくなり道先案内のポールから大きくそれて息子を連れてだったので、かなり焦ってたようだ。何とか帰れてよかったという思い出。

モーグルデビューの年

長野大会にて栂池スキー場
バックに見えるのがモーグルコース?

この当時はモーグル参加選手もそれほど多くなく、
且つコブは選手が練習で滑ったコブを利用。
モーグルは土曜日のレースが多かったが
平日は数人しか練習に来ないので、なかなかコースにコブができない。
ジャンプ台もスコップを入れること禁止。

今から考えるとどうやってモーグルやるの?という状況の中での大会だった。


ワールドカップ9位

90季ワールドカップレイクプラシッド大会で日本人初の予選突破12位(16位以内予選ライン)
まさか予選突破するなんて?と工藤コーチも自分自身も思っていなかったが、一応決勝のスタート地点に行き、スタートリストを見ると、なんとOsamu Yamazaki が11位で予選を突破していた。
すでに、あと二人くらいで自分のスタートだったため、極寒の中、着込んでいたウェアーを脱ぎ捨て、ただ一人同行していた現地の友人 大下健太郎君に荷物をお願いしていきなりスタート。とりあえず、まっすぐフォールラインに向かって滑り降り一つ順位を下げて12位。
1990年ワールドカップレイクプラシッド大会リザルト

その後、自信を持ってスタートしたW杯猪苗代大会で日本人初のシングル9位をゲット。
タイムはラップタイムだった。
1990年ワールドカップ猪苗代大会リザルト

後半戦のワールドカップは不出場だあったため、グランプリポイントは26位でした。
ブラボースキーモーグルの歴史より
山崎 修世界大会全成績

直近の思い出