承継
軌跡

(幼少期~学生時代)

1887年(明治20年)に金瓶尋常小学校に入学。金瓶村が堀田村に編入されたことから、1890年(明治23年)から1891年(明治24年)にかけて半郷尋常小学校に在学する。明治25年に半郷尋常高等小学校から上山尋常高等小学校に転入。1896年(明治29年)、上山尋常高等小学校高等科を卒業。恩師佐原窿応の紹介と東京浅草で開業していた親戚の医師斎藤紀一の勧めで医者を志す。8月父に連れられ上京し斎藤方に寄寓。9月東京府開成中学校(現開成中学校・高等学校)に編入。 上京したのは満14歳の時で、途中の仙台の旅館では菓子、もなかを生まれて初めて食べ、「こんなうまいものがあるのか」と思い、夜に到着した東京・上野駅では、「こんなに明るい夜があるものだろうか」と驚いたという[1]

1898年(明治31年)、同級生に刺激され、このころから歌を詠むようになる。幸田露伴森鷗外などを愛読。特に露伴の影響は大きかった。

1901年(明治34年)、3月開成中学校を卒業。7月第一高等学校を受験して失敗、開成中学校補習科、正則中学校(現正則学園高等学校)に通う。