承継
軌跡

(生い立ち)

山口県山口市に生まれた。父の相次郎は県庁勤めをしていた。郷里の萩市で幼少時代を過ごし、山口師範学校附属小学校(現・山口大学教育学部附属山口小学校)へ、萩から山口の距離は相当あったのにもかかわらず、徒歩で通学した(にわかに信じがたいが、林茂香著「幕末・明治萩城下見聞録(マツノ書店発行)」によれば、著者は山口師範学校在学中に萩から徒歩で通学していたとあり、その行程もくわしく記述がある)。また、鮎川義介が学校の先輩で近所に住んでおり、学校へ一緒に通うなどした。

中学校は前半は山口中学校(現・山口県立山口高等学校)で、後半は萩中学校(現・山口県立萩高等学校)で過ごした。中学時代は自然主義が勃興し、杉も国木田独歩田山花袋などに刺激され、新体詩を制作したり、懸賞文に応募したりしていた。杉は中学を卒業すると、すぐに東京へ行った。まっすぐ大学へ入ろうと考えていなかった杉は、徳富蘆花の「歴史の片影」という著書に影響を受け、南米に憧れを抱いた。東京へ行くと、松陰の吉田家を継いだ従兄の吉田庫三の友人でペルーで開発会社を営んでいた田中貞吉にペルー行きを誘われた。早速、実家へ相談してみたが、話がまとまらないうちに日露戦争が開戦しそうになり、船が出なくなってしまった。