承継
1938年(昭和13年)12月28日 静岡市葵区昭和町に 父 旗平、母 ちゑ の四男として生まれる。


[墓所]

削除NG(他で使用)

【お墓の清掃・献花サービス】

清掃・供花・焼香サービス  :下記の「サービス依頼」からメールで、清掃・献花・焼香・お参り等のサービスを受け付けていますのでお気軽にご利用ください。

削除NG(他で使用)


【お参りの報告が出来ます!】

◇ お彼岸・お盆・命日など、「メッセージ投稿」から家族・親族に、お墓参りを報告すことができます。 

◇ このサイト(お墓のQRコード)を家族と共有すると、遠方から親族が墓前にメッセージを残せます。 
↓ 以下のメッセージ投稿をご利用ください。↓

メッセージは章宏さんへの想いを表すものです。 こちらに最初のメッセージを投稿してください。

メッセージの投稿

 
軌跡

北澤章宏 思い出

1938年(昭和13年)12月28日 静岡市葵区昭和町に 父 旗平、母 ちゑ の四男として生まれる。

静岡市立 伝馬小学校卒業
静岡市立 城内中学校卒業
静岡県立 静岡商業高等学校卒業 吹奏楽を始める。在学中甲子園の応援で2回演奏する。
清水市(現在の清水区)新清水駅近くの「若岩井」で二年弱修行、母ちゑさんがこっそり様子を見に行き、あまりの「激やせ」に心配になり修行終了。静岡市紺屋町の「やぶ福」で働き始める。
22歳くらいで静岡市民バンド「コンセール・ソベルテ」に誘われ入会。
24歳で結婚。二男一女に恵まれる。
店が休みの日には日本平ホテルのプールへ遊びに行く。
そば商組合青年部で慰問。そば栽培に力を注ぐ。
1980年の静岡駅前地下街爆発事故では「トイレにこもっていて」難を逃れる。
48歳で静岡市千代田旧キミサワ2Fに「B.O.W.やぶ福」を開店し独立。当時では珍しい丼物とそばのセットを出す。洋風な店構えであった。
休日は鮎釣り(とも釣り)や孫とのお出かけを楽しんでいた。
その後、長男主導で静岡市馬場町に「浅間通りやぶ福」として移転。78歳まで現役として店に出る。
引退後はデイサービスのリハビリやリクリエーションで、高いコミュニケーション能力を発揮し、利用者さん、職員の方々と楽しい日々を過ごす。
84歳でコロナ感染による入院から、誤嚥性肺炎をおこし、2023年(令和5年)6月1日に永眠する。
報告

息子〈哲也〉の父〈章宏〉への手紙

佐野雅基さんが2024年5月8日に投稿
父さんへ
父さん、私は父さんの息子として生まれ、この静岡市で育ち、家族と共に生活できています。
優しく、温かく育ててくれて、今までありがとう。
可愛がってもらえている、愛してもらえているという実感の中で幼少期を過ごしました。
思いつくまま書いてみますね。
・寄り合い帰りにお土産寿司を買ってきてくれたね!父さん!美味しかった! 
・一緒にキャッチボールしてくれてありがとう!父さん。
投げるの上手くない僕に笑いながら教えてくれたことが嬉しかった! 
・一緒にお風呂入る時に「てつや!(白い)パンツ脱げ!」と、笑いながら日焼けしていない
僕の白いお尻を見ながら笑っていた父さん!面白かった! 
・天ぷらあげている姿を見せてくれたバウやぶ福の時の父さん!
高校生の私から見ても、めちゃくちゃかっこよかった! 
・大晦日に本店やバウやぶ福でがんばっていた父さん!大好きだった! 
・草薙球場にプロ野球を観に連れて行ってくれ、てつや!ほら、オバキューだぞ!と、
大洋ホエールズの田代選手を教えてくれた父さん!楽しそうだった! 
・石割さんや、団長さんみたいに後輩さんをかわいがっていた父さん!優しかった! 
・ラーメン屋に連れていってくれた時に餃子を頼み、醤油とラー油を小皿に差して、父さん
はこう言った。「いいか、てつや、本当はな、、、餃子は醤油で食べるんだぞ」。はい、うち
の母さんは餃子をソースで食べてました。僕もそれで育っていたから、衝撃でした(笑)教
えてくれてありがとう、父さん。小声で教えてくれた所が母さんへの配慮が出てました
(笑)料理人なのに可愛いよね。 
・台風が来た時に「てつや、安倍川を見に行くか!」って、楽しそうに話していた父さん!
今思えば能天気やな(笑) 
・三保へ釣りに連れてくれていった時に水族館を裏口から入ってシレっと見学しましたね。
 私は子供たちにそれは教えませんでしたよ(笑)
・いつも、笑ってました。いつも、よくお酒飲んでました!小学生の頃、ウイスキー、
しょっちゅう近所の酒屋(まつかぜ酒店)に母さんに言われておつかいで買いに行きまし
た!だから、サントリーのダルマ、僕は今、かなり頻繁に飲んでます、父さん!かんぱい!(笑) 
父さん、いつかウイスキー一緒に飲もう、哲也51歳より。

孫〈菜央〉の祖父〈章宏〉への手紙(弔辞)

佐野雅基さんが2024年5月8日に投稿
祖父北澤章宏の葬儀に際し、ここに謹んで哀悼の意を捧げます
本日お別れの言葉を伝えなくてはならないことを、いまだに実感できないでいます
じいじには、生まれた時からたくさん可愛がってもらいました
春にはドラえもんの映画、夏には清水の七夕祭り、秋には大道芸、冬には凧揚げなど、毎シーズンいろんな場所に遊びに連れて行ってくれましたね
おいしいお寿司を食べさせてくれたこと、お祭りでたくさん遊ばせてもらったこと、凧揚げのやり方を教えてもらったこと、釣りに連れて行ってもらったこと、じいじに遊んでもらったことがたくさんあってどれも大切な思い出です
中学に上がると、じいじの影響で吹奏楽を始めました
じいじがきっかけではじめた吹奏楽は私にとってかけがえのない経験と思い出になっています
吹奏楽の話をじいじから聞くのも好きでした
楽器を買ってくれてありがとう
ずっと大切にします
大学の演奏会のCDをたくさん聴いてくれていてとても嬉しかったよ
私が大人になって、帰省する時は楽しみにしてくれていたと聞いていました
帰ると私の体調を気にしてくれていたね
窓際に座って日向ぼっこしていたじいじがもういないのはとても寂しく感じます
じいじには、たくさんかわいがってもらって、たくさんの思い出があって、とても感謝しています
ほんとうにありがとう
これからもずっと祖父とのの大切な思い出を胸に生きていこうと思います
どうぞ、安らかにお眠りください