承継
軌跡

(生い立ち)

生い立ち
萬次郎と仲間達の群像/ジョン万次郎資料館がある施設「海の駅あしずり」(土佐清水市養老303)の駐車場に建立されている記念碑。1996年(平成8年)3月28日建立。怖ろしい波濤を背にしつつ生き延びようとする遭難中の万次郎少年(右端、像の先頭)と4名の漁師仲間を主題とした群像で、万次郎の顕彰と、未知の世界に踏み込む若者の可能性をテーマとしている。高知の銅像作家・濱田浩造の作。「萬次郎少年像」、漁師仲間の群像、波濤の3部構成になっており、波濤は鉄筋コンクリート構造、人物は銅像。万次郎は、文政10年1月1日新暦換算:1827年1月27日)、土佐国幡多郡中ノ浜村(なかのはまむら)[注釈 1]幕藩体制下の土佐高知藩知行中ノ浜村。現在の高知県土佐清水市中浜〈なかのはま〉)[4]で半農半漁で暮らす貧しい漁師の家の次男として生まれた[5]。父は悦介(えつすけ)、母は汐(しお)という[5]

万次郎が9歳のとき、父が亡くなり[5]、また、母と兄が病弱であったため、幼い頃から働いて家族を養った。寺子屋に通う余裕がなかったため、読み書きもほとんどできなかった。10歳の頃、中浜浦老役の今津太平宅に下働きに出た[5]。重労働から脱走し、漁師になることを強く希望したため、母親の計らいで宇佐の筆之丞の元で漁師として働く事になったという[6]