承継
この追悼サイトは、 船井 幸雄 (経営コンサルタント「船井総研ホールディングス」の創業者さまのために作成されました。

享年81歳 、誕生日 1933年1月10日、命日 2014年1月19日
※ 船井 幸雄さんへのメッセージ投稿や、思いでの共有はサインインで可能になります。

船井 幸雄(舩井 幸雄、ふない ゆきお、1933年昭和8年〉1月10日 - 2014年平成26年〉1月19日[1])は、経営コンサルタント、起業家、企業経営者、自己啓発書作家、精神世界スピリチュアル系の著作家、オカルティスト[2]

専門のマーケティング論を活用して精神世界の一大派閥を形成し、「オカルトビジネスのドン」「スピリチュアル界のドン」と呼ばれた[3][4][5][6]。『脳内革命』の春山茂雄EM菌比嘉照夫地球村高木善之波動理論の提唱者で『水からの伝言』の江本勝右脳開発の七田眞らが船井ファミリーと言われ、船井はEM菌、脳内革命、右脳開発法、波動理論、未来の記憶など、オカルトスピリチュアル系・疑似科学のブームの火付け役となった[7][4][8]

概要
コンサルティング会社の株式会社船井総合研究所(現 船井総研ホールディングス)の創業者・代表取締役会長、船井総研グループの創始者。1969年に独立して船井総合研究所の前身を設立し[9]1988年には経営コンサルティング業界初と言われる株式上場を果たした(現・株式会社船井総研ホールディングス)[10]。株式会社本物研究所、船井メディア、船井財産コンサルタンツのトップを務めた[11]。ビジネス書や精神世界・スピリチュアル系の本などの多くの著作を執筆し、その成功哲学は中小企業の社長やビジネスマンから熱心に支持され、大企業の経営者や有名人にも支持者がいた[5]。彼の著作は、経済や経営について学ぶのではなく「自分を変える」ことを主目的としたビジネス書の先駆となった[12]

船井総合研究所の会長として、精神世界・スピリチュアル系の一大イベント「船井オープンワールド」開催を主導し、日本のオカルト・スピリチュアル系ビジネスの世界では特に重要な人物であり、プロデューサー的な才能を発揮し、精神世界ブームとビジネスを結び付けることに大きな役割を果たした[4]。日本のビジネス界のオカルト的・カルト的側面を取材した『カルト資本主義』の著者斎藤貴男は、船井を「京セラ稲盛和夫と並ぶ精神世界的ビジネスの雄」と評している[6][4]。宗教学者の島薗進は、船井を日本における「成功のスピリチュアリティ」の先駆者としてニューエイジ・精神世界における先駆性と存在感を評価している[13][9]
経歴
1933年1月10日、大阪府南河内地域の松原市で、農家の子[9]として生まれる[16]。家は神社を管理する一族の家系であったという[7][16]大阪府立河南高等学校に入学し、高校のころから若禿に悩まされ、気胸のため希望していた東大受験ができないという挫折を体験した[7]京都大学農学部農林経済学科で経済を学び、1956年に卒業[16]。朝日新聞の記者を目指していたが叶わず、財団法人「安全協会」に就職[7]。 雑誌の編集に携わり、労務管理を学んだ[7]。付属研究機関の産業真理研究所で働き、5年後に友人と最初の独立をし、宣伝販売を中心に扱うコンサルティング会社を始めた[9][16]。若い頃はマルクス主義者であり、特に「オカルト」「神がかり」と言われるようなことに興味は持っていなかった[17]

1962年に、父親が癌で死去し、その直後に20代の妻も死去した[18]。「人間存在」や「生と死」に興味を抱くようになり、エマヌエル・スウェーデンボルグエドガー・ケイシー等の関係書を読み漁り、親しむようになった[7][18]。電気技師で、のちに超古代文明の科学の存在を主張した楢崎皐月から影響を受けており、1960年頃に、彼の著作か業績を紹介する著作などに触れたと考えられている[4]

独立から3年ほどで、経営コンサルティング業最大手の「日本マネジメント協会」に入社[9][16]1965年(昭和40年、30代前半)から20年余り、スーパー出店のコンサルティングで全国的に活動をした[19]。船井によると、経営コンサルタントの業務に顧客が頼りにする易者や霊能者が支障となっていたため、1965年にクライアントのトップが親くしている易者や霊能者を紹介してもらうことを、コンサルタントを引きうける条件にした[20]。ここから占い師や霊能者、オカルト関係者と親しくなり、カルマ転生について知るようになったという[20][21]

「日本マネジメント協会」で成功し理事になったが、経営方針が対立して退社し、1969年に2度目の独立をし、「フナイ経営研究所」を設立、翌年株式会社「日本マーケティングセンター」、のちに「船井総合研究所(船井総研)」に発展した[9]。1988年には経営コンサルティング業界初と言われる株式上場を果たした(現・株式会社船井総研ホールディングス)[10]。船井財団は、これは「経営コンサルティング業のようないかがわしい業界の上場は絶対に無理だ」と言われていた当時の金融・証券界の常識をくつがえす出来事でもあったと述べている[22]。船井総研ホールディングスによると、当時より属人的で仕組み化・スケール化が難しい業界にあって、「一人のカリスマコンサルタント」だけの力による脆弱な経営で後継者なきまま一代で浮き沈みする会社が多い中、いち早く新卒を多数採用し即戦力化を図ることで、多種多様な業界をリードする経営コンサルタントを多数輩出するに至った[23]。船井は経営戦略に強く、現役時代は有能な経営コンサルタント、経営者と評価されていた[24]

1972年に刊行したビジネス書『変身商法』が1年で35万部のベストセラーになり、経営も順調で、ベストセラーを次々刊行した[25]。1970年代に刊行したビジネス書を見ると、繊維・ファッション業界に強かったことがうかがわれる[26]

1973-75年頃から精神世界を勉強するようになり[7][25]、スウェーデンボルグ、ケイシー、出口王仁三郎イアン・スティーヴンソンエリザベス・キューブラー・ロスらの研究を深く知るようになった[27]

精神世界がブームになり始めた時期であった1979年に、ビジネス書『包みこみの発想―船井幸雄の人間学』の一部として、船井が「人間学」と呼ぶオカルト・スピリチュアル的思想を初めて世に出した[7][26]。地球上の生命の進化の頂点に立つのは人間であると考え、三位一体脳英語版)(三重脳)仮説に基づいた、人間の脳には進化の前段階のあらゆる動物の脳が組み込まれているという脳理論を紹介しながら(なお、三位一体脳仮説は科学的に否定されている[28])、人間の特性は「生きがい」であり、社会に尽くすことが強い生きがいを生むと説き、健康の大切さを説いた。最終章では、ジナ・サーミナラの著書を通して知ったエドガー・ケイシーを大きく取り上げ、生まれ変わり(転生)に関する情報を様々に取り上げて真実性を主張し、永遠の生命(死後生存)、宇宙・造物主は目的のもとに世界を組み立て運用しているというインテリジェント・デザイン説、今の人生は前世からの因縁であり未来のための勉強・試練の場であるというライフレッスン説などのスピリチュアルな思想を語った[29][30]。人間は生まれ変わるから、世のため人のために生きよう、というのが「わたしの人生観」として示されたが、「生まれ変わり」と「どう生きるべきか」の関連性は、この時点では説明されていない[30]。本書で示された造物主(船井はのちに「造物主」を「創造主」、「サムシング・グレート」と呼んだ)も、船井の思想の重要な概念となった[30]

自己啓発、脳内革命

1991年に船井総合研究所は、船井の著作を多数刊行していた出版社のビジネス社の全株式を取得し、連結子会社とした(2011年に全株式を譲渡)[61]。船井の後押しでベストセラー本となったオカルト・スピリチュアル系・疑似科学の本も少なくなく、西田健は、サンマーク出版の関係者によると、『脳内革命 脳から出るホルモンが生き方を変える』の企画は、船井自身が出版社に持ち込んだと述べており[62]朝日新聞は、ベストセラーには仕掛けが大切だが、『脳内革命』の場合はそれが船井だったと指摘している[63]。船井は出版前から自著で春山を自分の読者に紹介し、出版直後には全国紙の全面広告で春山と対談し、「自分が唱えてきたプラス思想が医学的にも正しいことを証明した」と、春山を賞賛した[63]。国立福島大学経済学部助教授・経営学者で「生まれ変わり」論者の飯田史彦の『生きがいの創造―“生まれ変わりの科学”が人生を変える』(PHP研究所、1996年。船井がPRしていた論文を発展させた著作)を推薦文を書くなどして後押しし、「生まれ変わり」ブームに火をつけた[64]。また2007年に、ハワイの伝統から考案された、4つのマントラを唱えて自己を癒す実践ホ・オポノポノ(SITH=Self I-dentity Through Ho'oponopono)の指導者イハレアカラ・ヒューレンと面談し、2008年に船井の雑誌『ザ・フナイ』(ビジネス社)に対談を掲載し、船井の公式サイトでも推奨する等、ホ・オポノポノ(SITH)の日本での普及を後押しした[65]

hunaiyukiokinenkan-DSC05505.jpg
         船井幸雄記念館  静岡県熱海市西山町19-32

注:このサイトは、船井幸雄に関連した書きかけのものです。 内容について加筆・訂正などをしてくださる協力者を求めています  作成者拝

このメッセージは、 2025年12月25日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
船井総合研究所の会長として、精神世界・スピリチュアル系ビジネスの世界でプロデュサー的な才能を発揮し、精神世界ブームとビジネスを結びつけることに大きな役割を果たしました。   合掌

メッセージの投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2025年12月25日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
船井総合研究所の会長として、精神世界・スピリチュアル系ビジネスの世界でプロデュサー的な才能を発揮し、精神世界ブームとビジネスを結びつけることに大きな役割を果たしました。   合掌