承継
この追悼サイトは、 住野 敏郎 (現・オートバックスの創業者)さまのために作成されました。

享年80歳 、誕生日 1920年3月10日、命日 2001年3月9日
※ 住野 敏郎さんへのメッセージ投稿や、写真アルバムの共有はサインインで可能になります。
住野 敏郎(すみの としお、1920年3月10日 - 2001年3月9日)は、日本の実業家オートバックスの創業者。大阪府大阪市天王寺区出身[1]

経歴・人物
1938年大阪城東商業高校を卒業し、同年に日本自動車に入社した[1]1948年大阪市に富士商会を設立し、1958年オートバックスセブンの前身である大豊産業を設立した[1]。1974年に社員の反対を押し切って、大東市に日本で初めてカー用品専門店1号店をオープンした[2]

1978年に大豊産業をオートバックスセブンに変更し、店舗数は急速に拡大し、1989年には株式上場を果たした[3]1975年にフランチャイズ店の展開にも着手し、1990年には台湾にも出店し、海外にも積極的に展開した[4]1994年6月に社長の座を息子の住野公一に譲り、自身は会長に就任し、1997年6月までに務めた[1][5]

2001年3月9日心不全のために吹田市の病院で死去[6]。80歳没。

1974年11月23日、大阪府大東市に小さな店舗が開業した。カーオーディオ、タイヤ、オイル、バッテリー、カー用品を1か所でまとめて買える——当時の日本に存在しなかった業態「カー用品専門店」の誕生である。開業前、社員は口を揃えて言った。「カー用品だけで店は成り立たない」。それでも住野敏郎(すみの としろう、1920〜2001)はひるまなかった。アメリカで目にした光景への確信が、あらゆる反対を上回っていたからだ。その1号店が今日のオートバックスセブンへと育ち、国内1,156店舗・売上高2,298億円(2025年3月期)の「産業」になった。日本のカーライフを変えた男の物語だ

1. 戦後の闇市から自動車部品卸へ——末廣商會の誕生
住野敏郎は1920年(大正9年)3月10日、大阪府大阪市天王寺区に生まれた。1938年に大阪城東商業高校を卒業し、日本自動車に入社。戦後の混乱が続く1947年2月、大阪市福島区の出入橋に「末廣商會」を創業した。事業の中身は自動車部品の卸売だった

1947年という時代を想像してほしい。終戦からわずか2年。物資はまだ統制下に置かれ、街には闇市が残り、多くの商人が生き残りをかけてビジネスを模索していた。住野が選んだのは「自動車」だった。戦前に日本自動車に勤めていた経験から、この業界への眼差しは人一倍鋭かった。

1948年8月、末廣商會は株式会社に改組され、「株式会社富士商会」として再出発する。カー用品の卸売商として着実に基盤を固め、1960年には直営の小売店舗「冨士ドライブショップ」を開設した。さらに1958年、後にオートバックスセブンの前身となる「大豊産業株式会社」を設立する。住野がカー用品の世界で頭角を現し始めたのは、この頃だった

1960年代の日本は「マイカー元年」(1966年)へ向かって走り始めていた。自動車保有台数は1965年の630万台が1967年には1,000万台を突破。「いつかマイカーを持ちたい」という夢が現実になる時代が、確実に近づいていた。

(出典: オートバックスセブン「沿革」Wikipedia「住野敏郎」

2. アメリカで見た光景——「これだ」という確信
住野敏郎に転機をもたらしたのは、アメリカへの視察旅行だった。1960〜70年代のアメリカには、自動車用品を専門に扱う大型小売店が数多く存在していた。タイヤ、オイル、バッテリー、カーオーディオ、アクセサリー——ドライバーが必要とするすべてのものを1か所で購入し、その場でメンテナンスまで受けられる。「カー用品専門店」という業態が、すでにアメリカでは完成されていた

当時の日本はどうだったか。マイカーを手に入れたドライバーがタイヤを交換したければ、ガソリンスタンドか自動車ディーラーを頼るしかなかった。オーディオを取り付けたければ、専門の電気店に持ち込む必要があった。カー用品を一か所でまとめて揃えられる場所は、日本には存在しなかった。

「日本でもこれをやれば、必ず需要がある。今なら誰もやっていない」

— 住野敏郎が米国視察で得た確信(各種資料より)

住野には強力な追い風が見えていた。1966年を「マイカー元年」とした日本のモータリゼーションは、1970年代に向けて本格化しつつあった。自動車保有台数が増えれば、メンテナンスやカスタマイズの需要も比例して増える。カー用品専門店という業態は、日本では「まだ誰もやっていない市場」だったのだ。

しかし帰国後、住野の構想は社内で猛反発を受けた。カー用品の卸売と小売を長年手がけてきた社員たちの言葉は、どれも同じ内容だった

(出典: Wikipedia「オートバックスセブン」発祥の地コレクション「日本で初めてのカー用品総合専門店」
      オートバックスカーズ出入橋店       オートバックス発祥の地 町並み       オートバックス発祥の地 住野敏郎像  history_08.jpg
                         オリジナル商品を発売

注:このサイトは、住野敏郎に関連した書きかけのものです。 内容について加筆・訂正などをしてくださる協力者を求めています  作成者拝

このメッセージは、 2026年8月11日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
カーオーディオ、タイヤ、オイル、バッテリー、カー用品を1カ所でまとめて買えてメンテナンスまで受けられる・・当時の日本に存在しなかった業態「カー用品専門店」を誕生させた。  日本のカーライフを変えた男・住野敏郎をいつまでも忘れません。    合掌

メッセージの投稿

 
メッセージ
このメッセージは、 2026年8月11日に、イーライフ宇崎勝さんが投稿
カーオーディオ、タイヤ、オイル、バッテリー、カー用品を1カ所でまとめて買えてメンテナンスまで受けられる・・当時の日本に存在しなかった業態「カー用品専門店」を誕生させた。  日本のカーライフを変えた男・住野敏郎をいつまでも忘れません。    合掌