ForeverMissed
このメモリアルウェブサイトは、2018年7月19日に命を落とした親愛なる友人のデニステンを記念して作成されました。彼は永遠に私たちの心の中に残ります。

デニス・テン「彼女は私のものではない」(ピアノver.)編曲、エリ


This memorial website was created in memory of our dear friend Denis Ten, who lost his life on July 19, 2018. He will stay in our hearts forever.

Denis Ten “She won’t be mine” (piano ver.) arranged and performed by Eri

このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
今夜はあなたの振り付けをお楽しみいただけます!
もちろん、あなたもそうですよね?
この賛辞は、2018年11月10日ルナ・江村によって投稿されました。

Tonight we can enjoy your choreography!
Of course, you too, right?
This tribute was added by Runa Emura on November 10, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
新シーズンが始まって、いくつかの大会が終わりました。
どの大会にもあなたの名前がないことがまだ寂しくてなりません。
少し休養してるだけじゃないか
違う大会に出ているのではないか
そうだったらどんなにいいだろうと思ってしまいます。
ボロノフ選手のフリー、あなたの振付のプログラムを観て、とても寂しかったです。本当ならもっとワクワクしながら観ていたはずでした。
ボロノフ選手に失礼だとはわかっていながら、振付にあなたの面影を探してしまいます。
どうしてどの氷上にもあなたがいないのでしょうか。
どうしてあなたのスケートをもう観ることができないのでしょうか。
今でも上手く受け止めきれません。
けれどもどうか、1日でも長く1人でも多くの人があなたのことを忘れませんように。
あなたのスケートがずっと誰かの心に寄り添いますように。
まだ寂しいですが、それだけをずっと祈っています。

This tribute was added by 遼 柚木 on November 10, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
テンさんが16歳の頃の演技に感動してからずっと応援してきました。高い柔軟性、美しいスケーティングに目を奪われました。オリンピックで銅メダルに輝いた時は嬉しかった。ありがとう。
This tribute was added by Kaori Yasumoto on December 19, 2018
このトリビュートは、2018年12月19日に安本かおりさんによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
親愛なるデニス
いつものように殿下と呼ばせてもらいますね。
あなたが3年前のクリスマスにした予言が、予想以上の形で現実になりました。
高橋大輔さんが競技に復帰して、
ブロック予選から勝ち上がって全日本選手権に出場。
最終グループ入りが目標と言っていましたが、
それを果たした上でなんと2位入賞。
照れた笑顔を見て涙が止まりませんでした。
あなたも会場にいたんだよね? バナーを振ってる姿が目に浮かびました。
「大輔はまた全日本選手権に出るよ」
この言葉を聞いた時は信じられなかったけど、あなたには見えていたんだね。
他にもあなたを思い起こさせる選手がいました。
Peterやチャイコフスキーの交響曲ロミオとジュリエット。
そのたびに笑顔で見ているあなたの姿が浮かびました。
ヴォロノフ選手のフリーは本当にあなたが重なって見えたよ。
あまりに早すぎるお別れに、今もまだ現実と思えないところがあるけど
自由になった今、世界中をめぐってスケーターを応援しているんでしょうね。
真央ちゃんのサンクスツアーの時もあなたが一緒に見てくれていると思った。
ずっとずっと大好きです。
デニス・テンという素晴らしいスケーターのことを、
できる限り伝えていこうと思っています。

This tribute was added by 凛 古山 on December 25, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニスあなたは長い間恋しくなります。
わたしはあなたを絶対忘れません。氷上でのあなたの素晴らしい運動能力と魅力はただ一つのことでした。私はあなたの他の計画や研究や目標について知りませんでした。私はあなたのデニスを決して忘れません。
この賛辞は2018年12月25日にダアブルッツォジョコンダによって投稿されました。

Dennis you will be missed for a long time.
I will never forget you. Your brilliant athleticism & charm on the ice were just one thing. I never knew about your other plans and studies and goals. I will never forget you Dennis.
This tribute was added by Gioconda D'abruzzo on December 25, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
是谁在哭泣,当你飘然离去?……
亲爱的丹尼斯,
  非常非常想念你,生如夏花般绚烂的你,用直击灵魂的冰上表演为我们抚平心灵创伤的你。在我们心里,你从来都没有离开过。从前,你是阳光;而今,你是天空中最亮的那颗星。
  不知你在天堂可好。你放心,在过去的二百一十二个日子里,我们每天都在为你和你的家人祈祷,为你们祈求平安。我们将天天如此,直到与你相见的那一天。安心睡吧,丹尼斯,我们将继续爱你,一如既往,直到永远!
  Dear Denis, can you hear us?
                   一个被你感动过的人
This tribute was added by ATouchedSoul CC on February 16, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
親愛なるデニス、2018-2019シーズンはもうすぐ終わります。エリザベトはカザフスタンの女性​​のために世界で最初のメダルを獲得しました。私たちの多くは、デニスが彼女を見て応援していると感じました。どうもありがとうございました。空でスケートを楽しんでいただければ幸いです。
この賛辞は、2019年4月6日宮古内田によって投稿されました。

Dear Denis, 2018-2019 season is almost over. Elizabet got the first medal of the World for Kazakhstan lady. Lots of us felt that Denis was watching and cheering for her. Thank you very much. I hope you are enjoying skating in the sky.
This tribute was added by Miyako Uchida on April 6, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
シーズンが終わって、テン君がいないこと、なんか、変。怪我が治ってないのかな?って思ってしまうよ。
あの、テン君が演技してる間の空気、流れる時間はもう見られないんだね。今まで撮りためていたDVD見てたよ。テン君、忘れないよ。あなたの笑顔、美しい姿勢、思いやり溢れる姿。

This tribute was added by まゆ 相葉 on April 16, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
ねえデニス、
あなたはまだ私の考えの中にあります、私はあなたがどこにいても平和で幸せであることを願っています。あなたはまだあなたの美しいスケートで私を笑顔にします。あなたがいなくて寂しい家族に愛を送ります。
このトリビュートは、2019年4月29日クリスタフランスによって投稿されました。

Hey Denis,
Your still in my thoughts, I hope you are peaceful and happy wherever you may be. You still make me smile with your beautiful skating. I send love to your family who must miss you sorely.
This tribute was added by Krista French on April 29, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿

親愛なるデニス
今日はあなたのお誕生日だったんですね。
あらためてなんて若くして逝ってしまったのかと、悲しみと悔しさがこみあげます。
写真のあなたはいつもおだやかな笑顔で、それが慰めになっています。
あなたの魂がこれからもずっとスケートを愛する人々の心の中に生き続けますように。
お誕生日おめでとう。

This tribute was added by 朋子 渡辺 on June 13, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿

少し遅くなってしまいました。
デニスお誕生日おめでとうございます。
未だに貴方の笑顔をSNSで見ると虹の橋を渡って行ってしまったと思えません。
いつまでも、私の心にデニスはいます。
またね。
This tribute was added by AKEMI KAMISANNOBU on June 14, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
お誕生日おめでとう!デニス!!
…あなたがいないのはまだ信じられないことです。
私はあなたがいなくて寂しいです、デニス。

この賛辞は、2019年6月14日に岩田ひろみによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
一年はあっというまだったなぁ。立派な銅像、なんであんな銅像が今立たなきゃいけないんだろう。何十年後かに偉業を讃えられて銅像がつくられて、それを見て微笑むおじさんなデニスとか、見たかったよ。どうしてこんな若くして星になってしまったの。今でも悲しい。

This tribute was added by on July 19, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス〜あなたの美しいくぼみのある笑顔が世界のアイススケートリンクを照らし、あなたの華麗な運動能力はあなたがフィギュアスケート選手のエリートの中に属していることを証明しました。もちろん、あなたは他にもたくさんの甘い王子様の計画を持っていました。あなたは素晴らしく、決して忘れられません。カリフォルニアからのたくさんの愛2Uと友達と家族<3
この賛辞は、2019年7月19日にジュディス・ベルによって投稿されました。

Denis ~ Your beautiful dimpled smile lit up the ice skating rinks of the world & your brilliant athleticism proved you belonged among the elite of figure skaters. Of course you had so many other plans sweet prince. You are awesome & will never be forgotten. Loads of love 2U & friends & family from California <3
This tribute was added by Judith Bell on July 19, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
Still missed ! xx

この賛辞は、2019年7月19日スーザン・ジャックによって投稿されました。

This tribute was added by Susan Jacques on July 19, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス君の笑顔の写真大好き。
もう1年・・・
デニス君の写真を見ると未だにもうデニス君がいないなんて、、、信じられない気持ちになります。
昨日は日本で沢山の命がまた暴漢によって奪われてしまいました。まさかの出来事。
身勝手な人間のために奪われる命があってはならない。こんなことほんとになくなってほしい。
悔しい、悲しい。
This tribute was added by ASAMI KAKO on July 19, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
あの信じられない日から一年が経ったのですね…
いつまでも悲しみが癒えることはありません。
貴方に会いたいです。

この賛辞は2019年7月19日ねこかんによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
やっと言葉にできる気がする
1年前の今日、朝方4時46分のLINEニュースと
ついたままだったテレビが映し出した
無機質な画面が今も頭から離れない
1年前の朝、昨日貴方が亡くなったことを知った
生きてることなんて当たり前すぎて
彼のストーリーを流し見て、寝て起きたら
その人は死んでいた
死んだら何もかも全部突然終わるんだって
頭では理解してても心が今でも追いつかない
若くて世界中から愛されてて、カフェでランチしてた人が車のミラー泥棒に殺されるなんて無理がある
死に至るほどの大量の血を流しながらも
最後の瞬間までスケートの事を考えていたんだろうね
大切な足を何度も何度も刺されて絶望を感じながら亡くなったデニスにそれでも生きてて欲しかったなんて残酷なこと願えるほど傲慢でも強くもない
でも、彼は強い人だったから
とても強い人だったから
最後まで必死に生きようとしてたんだろうね
いつも逃げない人だったから
ソチオリンピック 銅メダル
四大陸選手権 金メダル
数十年後、貴方を知らない未来のフィギュアスケーター、ファンは必ず貴方を見つけ出す。
あれはただの事件なんかじゃない
裏がある
皆が思ってて皆が黙らざる得ない程
大きな何かがある
その何かに奪われるべきは
デニスじゃなかったんだって
でもハイフンを伝えたい、知って欲しい
最初と最期じゃなくて
好きな音楽、好きな人、好きな食べ物、好きな本、好きな花、好きな時間、好きな場所、彼自身の人生で大切だったもの、愛したフィギュアスケートを語りたい
25年の、世界に希望を与え続けた日々を
見て伝えたい
故人を慈しむのは生きている人の権利だから
だから私は、貴方の居なくなった冷たくて綺麗で脆くて儚い氷の上の選手達を、今シーズンも追い続けるよ
貴方と出会う前から、好きになったフィギュアスケートを何年経っても
いつか生まれてくるカザフの英雄が
貴方の残した数々の愛に巡り会えることを祈り続けているよ
たくさんの勇気をありがとうデニス・テン
This tribute was added by I Lenon on July 20, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿

今日、家族、友人、仲間のスケーター、コーチ、そして役人がデニスのメモリアルに集まりました。しかし、私たちが愛するデニスのことを考えているのは、悲劇から1年後の今日だけではありません。人々は、アルマトイの記念碑や世界の他の場所で、毎日花やろうそくを置きます。デニスは私たちの心に残っています。

このトリビュートは2019年7月20日タチアナFLADEによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス、みんなが貴方を恋しがってます。
Instagramで貴方の笑顔、声を聞くと
貴方がこの地上に居ないと思えない。
みんなの貴方を思う声が聞こえますか?
私は貴方を忘れない。
永遠に心の中で生き続けてます。
This tribute was added by AKEMI KAMISANNOBU on July 20, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
I prayed for his soul peace,one year ago.
I prayed with a large number of people.
Nothing changes the scenely does not have only Denis...
あれから1年なんて、まだ信じられません。
あなたの友人たちは、あなたに会いに集まっていますね。
彼らとともに、あなたの美しいスケートをいつまでも見ていられると、信じていました。
住む場所は違ってしまったけれど、あなたの魂は変わらず美しいのでしょう。
その魂の照らしてくれる世界を、皆で守りたいと思います。
Denis, forever...
This tribute was added by Hiromi Iwata on July 20, 2019
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
私はよくデニスのことを考えていますが、特に今日は彼の誕生日です。私は覚えて愛し、決して忘れません。デニスはいつも私たちと一緒にいます。❤

This tribute was added by Tatjana Flade on June 13, 2020
Я часто думаю о Денисе, но особенно сегодня, в его день рождения. Помню, люблю, не забуду. Денис всегда с нами. ❤

I am often thinking of Denis, but especially today, on his birthday. I'll remember and love and I will never forget. Denis will be always with us.❤

Ich denke oft an Denis, aber insbesondere heute, an seinem Geburtstag. Ich werde mich immer mit Liebe an ihn erinnern und ihn nie vergessen. Er bleibt immer bei uns. ❤

この賛辞は2020年6月13日タチアナFLADEによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
Hi,Denis.
Today, do you watch it?
The world is time when it is tough now.
At such time, I want to get power from you.
デニス。
今の世界を、あなたはどう思いますか?
憂いていますか?
いろいろな事が叶わない今ですが、きっとあなたの笑顔があれば、救われる気がします。
そこで、微笑んでいてください。
This tribute was added by Hiromi Iwata on June 13, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス、27歳のお誕生日おめでとうございます。
Happy 27th birthday to Denis

アカデミーの開設のニュース
おめでとう❢❣
デニスくんの願い
カザフスタンで、デニスくんのような
素敵なフィギュアスケート選手が育って
大会やショーで観れることを楽しみにしています

This tribute was added by ASAMI KAKO on June 13, 2020
このトリビュートは、2020年6月13日にカコアサミによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス
ギリギリになちゃったけど
お誕生日おめでとう!
今日、あなたの写真(作品)用のインスタを初めて見つけたよ
どの写真もすごく素敵で大好き!
私もこんな風な写真が撮れるようになりたいな
いま世界はとても大変な状況だけど、みんながんばって乗り越えようとしているよ。
見守っていてね。
またね。
This tribute was added by Hitomi Koseki on June 13, 2020
このトリビュートは、2020年6月13日コセキヒトミによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
テンくん、27回目のお誕生日ですね。才能豊かで人間として素敵な天国のテン君が、今日も幸せでいることを祈っています。Happy birthday and miss you,Denis!

This tribute was added by Rinako Okamoto on June 14, 2020

このトリビュートは2020年6月14日岡本リナコによって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿

お誕生日おめでとうございます。あれから2年経ちました。
今世界は大変な状態でいつ試合が始まるかも分からないのです。
だからこそあなたの演技を観てこの時間を快く過ごしたい。でもあなたがいない現実にも気付いてしまう辛さもある。
貴方の演技が美しすぎるから余計に切なくなりそうです。時間を巻き戻せたらとよく考えます。
でも観ます。やはり貴方の演技は美しいから。貴方が空の上にいてもずっと貴方を応援し続けます。

This tribute was added by 大田 明子 on June 14, 2020
このトリビュートは2020年7月14日に太田明子によって投稿されました。
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
親愛なるデニス:

あなたは決して忘れられません。

あなたの並外れたスケートスキルと運動能力は、

あなたが素晴らしい人のほんの一部でした。あなたは、世界のエコロジーを変え、地球のバランスをとる研究と計画で素晴らしい未来を過ごしました。

世界は本当に偉大な若者を失いました。悲しすぎる。

あなたを知って幸運だったあなたの家族や同僚や友人への祝福。

私はいつもあなたとあなたの美しいディンプルと素晴らしいスケートパフォーマンスを愛します。

安らかに美しいデニス
この賛辞は、2020年6月13日ジュディス・ベルによって投稿


This tribute was added by Judith Bell on June 13, 2020
Sweet Denis:

You will never be forgotten.

Your extraordinary skating skills & athleticism were just one part of the amazing person you are,

You had a great future w your studies & plans to change the world ecology & balance the planet.

The world lost a truly great young man. Too sad.

Blessings to your familyi & colleagues & friends who were fortunate to have known you.

I will always love you & your beautiful dimples & fantastic skating performances.

Rest easy beautiful Denis
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
とっても遅くなってしまいごめんなさい。
テンくん、27歳のお誕生日おめでとうございます。まだ27歳、とっても若すぎるのにもう貴方は遠くに行ってしまった。テンくんが見守ってくれているのに泣いてばかりじゃダメだよね。今世界は大変なことになっていて、貴方ならどんなことをしていたのだろうと考える時があります。貴方ならきっとどんな状況でも力強く前に進み続けると思います。私もテンくんのように強く前を向いてしっかり生きていこうと思います。テンくん、元気ですか?笑顔で過ごしていますか?これからもテンくんが安らかに楽しく過ごすことが出来るように願っています。Happy birthday!I miss you.

This tribute was added by Ikeda Honoka on July 3, 2020
この賛辞は、2020年7月3日池田ほのかによって投稿
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
Dear Denis.

Long time no see,Denis.
I’m longing for you.
This tribute was added by Hiromi Iwata on July 19, 2020

親愛なるデニス。

久しぶりです、デニス。
私はあなたを待ち望んでいます。

あなたが使った曲を耳にすると、すぐにリンクを駆け抜けるあなたが頭に浮かぶのです…

このトリビュートは、2020年7月19日岩田ひろみによって投稿
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニスを思い出しながら、祈る日。
ラブ デニス。
このトリビュートはカコアサミが2020年7月19日に投稿

This tribute was added by ASAMI KAKO on July 19, 2020
A day to pray, remembering Denis.
LOVE Denis.
This tribute was added by ASAMI KAKO on July 19, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
もう2年も経ったんだね

貴方のスケートが観たいな

とてもとても美しく滑るんだろうな

会いたいな

このトリビュートは2020年7月20日にコセキヒトミが投稿
This tribute was added by Hitomi Koseki on July 20, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
デニス:

あなたの輝きと精神は生き続けます。

私はアメリカ出身で、あなたがトップレベルのフィギュアスケート競技会で畏敬の念を抱いて演奏するのを見ました。あなたの知性と世界に対する好奇心の深さが、フィギュアスケートから遠く離れた研究にあなたを連れて行ったとは思いもしませんでした。

世界は偉大な男を失った。

あなたのことを考えるのは今でも心が痛む。

デニス、私はいつもあなたがいなくて寂しいです。

ジュディスベル
ロサンゼルス、カリフォルニア州
このトリビュートは2020年7月19日ジュディス・ベルによって投稿

Denis:

Your brilliance & spirit will live on.

I am from the US & watched you perform in top level figure skating competitions in awe. I had no idea the depth of your intelligence & curiosity about the world had taken you to studies far removed from figure skating.

The world lost a great man.

It still breaks my heart to think about you.

Denis, I will always miss you.

Judith Bell
Los Angeles, CA
This tribute was added by Judith Bell on July 19, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
あれから2年経ったけど、たまにテンくんのシニアデビューの動画を見たりして色んな感情が溢れます。

今は世界中で見えないウイルスと戦ってて国際試合も出来ない状態になってるけど、テンくんの名前が入った大会や銅像が母国に設置されて貴方の礎はしっかり刻まれてます。
また試合やショーが再開された時は、天国でやさしく見守っててくださいね!

テンくん大好きだよ(*^.^*)

Posted by Romi M on July 20, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿

テン君
今年もテン君のことをタイムラインでいっぱい見て、大勢の人たちのあなたへの敬意を感じました。写真を見るたびに色んな人に道を示してくれた人だったなぁと思います。演技からも時々見せてくれていた普段の生活や何気ない他の選手の方々とのやりとりから深く印象づけられるものがありました。
私が初めてPeriscopeの配信を見たのはテン君で、突然始まった配信をたまたまキャッチして何気なくコメントしたら、テン君がそれを拾ってくれて嬉しかったのを覚えています。ほんの少しでも触れ合える経験ができたこと、今でも思い出です。
あなたの名前がついたスクールもできたし、これからもきっとスケート界を見守ってくれるだろうと思ってます。テン君ありがとう。
またね。

2020年7月21日 投稿者由香桑原
Posted by Yuka Kuwabara on July 21, 2020
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
親愛なるデニス、

お元気ですか?まだまだ楽しくスケートをしていただければ幸いです。
みんなあなたに会いたがっている。

Posted by Erika Ling on July 21, 2020
Dear Dennis,

How are you doing up there? I hope you still skate happily.
We miss you.

2020年7月21日 投稿者エリカ リン
Posted by Erika Ling on July 21, 2020

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このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
今夜はあなたの振り付けをお楽しみいただけます!
もちろん、あなたもそうですよね?
この賛辞は、2018年11月10日ルナ・江村によって投稿されました。

Tonight we can enjoy your choreography!
Of course, you too, right?
This tribute was added by Runa Emura on November 10, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
新シーズンが始まって、いくつかの大会が終わりました。
どの大会にもあなたの名前がないことがまだ寂しくてなりません。
少し休養してるだけじゃないか
違う大会に出ているのではないか
そうだったらどんなにいいだろうと思ってしまいます。
ボロノフ選手のフリー、あなたの振付のプログラムを観て、とても寂しかったです。本当ならもっとワクワクしながら観ていたはずでした。
ボロノフ選手に失礼だとはわかっていながら、振付にあなたの面影を探してしまいます。
どうしてどの氷上にもあなたがいないのでしょうか。
どうしてあなたのスケートをもう観ることができないのでしょうか。
今でも上手く受け止めきれません。
けれどもどうか、1日でも長く1人でも多くの人があなたのことを忘れませんように。
あなたのスケートがずっと誰かの心に寄り添いますように。
まだ寂しいですが、それだけをずっと祈っています。

This tribute was added by 遼 柚木 on November 10, 2018
このメッセージは、 2020年10月18日に、濱中理惠さんが投稿
テンさんが16歳の頃の演技に感動してからずっと応援してきました。高い柔軟性、美しいスケーティングに目を奪われました。オリンピックで銅メダルに輝いた時は嬉しかった。ありがとう。
This tribute was added by Kaori Yasumoto on December 19, 2018
このトリビュートは、2018年12月19日に安本かおりさんによって投稿されました。
大切な人の生涯

追悼 デニス テン In memoriam Denis Ten

明るく輝いていたデニス・テンは25歳でしたが、7月19日、故郷のアルマトイで、鏡を盗もうとしたと思われる泥棒を車で驚かせたとき、無意味な暴力行為によって短い生涯を閉じました。二人の男は残酷にもスケーターを刺しました。そして、彼は医者が必死に彼の命を救おうとした病院で大量の失血で亡くなりました。

なぜ私は生きるのか、なぜ私は死ぬの
なぜ私は笑うのか、なぜ私は泣くのか
ここ
に苦しんでいる地球人のSOSがあります
私の足は決して地面
にありませんでした
私は
むしろ鳥なりたいです
私は私の肌にフィットしません*


そのニュースはスケートの家族だけでなく世界中の人々に衝撃を与えました。アスリート、コーチ、役人、ファン、ジャーナリスト、その他多くの人々は、この輝かしい青年がいなくなったという恐ろしい真実を信じたくありませんでした。明るい星が地球を離れて空に向かったのは早すぎた。

デニス・テンは、オリンピックメダル(2014年に銅メダル)と世界フィギュアスケート選手権でメダルを獲得した最初のカザフスタンフィギュアスケーターになることでスポーツの歴史を書いただけでなく、彼の国のカザフスタンをフィギュアスケートの世界地図に単独で載せました。
彼は他の多くのスケーターやカザフスタンや世界中の人々にインスピレーションを与え、彼の才能に感銘を受けました。ほとんどの人は彼をフィギュアスケート選手として知っていましたが、彼は才能のあるミュージシャンやソングライター、写真家や作家、熱心な大学生として、さまざまな才能を持っていました。デニスは、彼の早すぎる死のほんの数日前に、有名な監督ティムールベクマンベトフの映画製作者コンテストであるスクリーンライフプロジェクトに参加したことを明らかにしました。

2017年夏、タジャナは足首の負傷でリハビリ中の韓国滞在中にデニスにインタビューを行いました。「すべてのアスリートは怪我をしています。しかし、悪いことでも、何か前向きなことを見つけることができるという側面があります。どういうわけか忙しくするためにたくさんのことを考えることを除いて、これらの期間に私は自分自身を非常に異なる領域に見つけることができました。写真撮影、執筆、将来のプロジェクトのための詳細なプロジェクト計画、そして最後の2つの気晴らしは音楽とアニメーションでした。これらすべての分野で、私はいくつかの結果を達成することができました」と彼は言いました。「しばらくの間、音楽はとても魅力的な旅になり、ミュージシャンとして自分自身を試してみるように頼まれました。私は完璧に楽器を演奏することはありませんが、非常に異なるジャンルの曲を作成するのは簡単です。かつて、カザフスタンの主要な音楽プロデューサーである私の友人の一人は、彼に私の曲のデモバージョンを送るように頼まれました。いくつかのことを完了しましたが、そのための十分な時間がありません。」

世界を逆さまに見たい から見た
方がもっと綺麗だったらどうなるか
から
デニスは多くのプロジェクトを追求し、彼自身のスケートショー「デニステンとフレンズ」を組織しました。前回のエディションは、6月9日に彼のスケート仲間の多くと一緒に開催されました。彼は2つの映画プロジェクトに参加し、故郷のアルマトイで開催される2022年冬季オリンピックに入札したチームの一員でした(最終的には北京が入札に勝ちました)。氷上にいる真のアーティストであるデニスは、スケートと技術的な難しさを、「The Artist」(2012/13の短期および長期プログラム)、「Silk Road」(2014/15の長期プログラム)、「The Artist」などの印象的で美しいプログラムと組み合わせました。ヤングレディーとフーリガン」(ロングプログラム2013/14)、「ラフマニノフピアノ協奏曲第2番」(2009年世界選手権での彼の躍進となったプログラム)、そして最後に「苦痛の地球人のSOS」(ロングプログラム2017 / 18)。

2017年の夏、デニスはタジャナとのインタビューで彼の最後のプログラムについて次のように語っています。「無料プログラムは私にとって独特のシンボルになり、ショートプログラム(ヴィットリオグリゴーロの「トゥセイ」)に向けて敬意を表します。このアイデアは面白い状況から生まれましたが、私にとって最も価値のあるのは、(フリースケーティングの)音楽がカザフのアーティスト(Dimash Kudaibergen)によって演奏されていることです。ミュージシャンや曲とのつながりがとても強いと感じています。これは一定のプレッシャーを加えますが、一方で、あなたがこれほど貴重なものを見つけることができることはめったにないことを私は理解しています。この番組を初めて観客に見せたときに、自分が感じている感情を共有できるようになることを願っています。」

私はいつも人生を混乱させて
いるようでしたある種の漫画で

私は変身したいと思っています

何かを感じることができます
私を
描く
私を
描く
私を高く引き上げる
デニスは、成功したアスリートであり、非常に知的で才能のある若者であるだけでなく、何よりも素晴らしい人物であり、彼を知っているすべての人に愛されていました。彼は親切で思いやりがあり、周りの人々の世話をし、冗談を言うのが大好きで、寛大な笑顔を共有しました。

同時に、デニスは強い意志を持っていて、決してあきらめませんでした。彼は彼のキャリアの中で多くの浮き沈みを経験しました。タジャナとマリオは、デニスがドイツのオーベルストドルフで開催されたISU世界ジュニアフィギュアスケート選手権2007に出場したことを思い出します。これは、彼の最初のISU選手権でした。彼は当時13歳で、このイベントで最年少の競技者の1人でした。彼のコンビネーションジャンプでエラーが発生した後、彼は26位になり、フリースケーティングのカットをわずかに逃しました。その後、彼と母親のオクサナは、デビューのこの残念な結果の後、スケートを続ける価値があるかどうかを議論していると共有しましたが、それから彼はあきらめずに働き、一生懸命トレーニングを続けました。結局のところ、その最初のチャンピオンシップは素晴らしいキャリアの始まりでした。

デニスがロサンゼルスで開催されたISU世界フィギュアスケート選手権2009でデビューし、見事にスケートをして8位に終わったとき、スポットライトを浴びるのにわずか2年しかかかりませんでした。その他のハイライトには、2013年のISU世界フィギュアスケート選手権での銀メダルと2015年の世界銅メダル、そして明らかに、2014年のオリンピック銅メダル、彼の国で最初のオリンピックフィギュアスケートメダル、そしてISUフォーでのタイトルが含まれます。 2015年の大陸フィギュアスケート選手権。残念ながら、デニスはしばしば、特に足首の怪我に苦しんでいました。彼は2017年夏に足首の靭帯に重傷を負いましたが、それでも韓国の平昌で開催されたオリンピックに出場しました。これは彼が韓国系であったため、彼にとって非常に重要でした。「今日の不幸な出来事にもかかわらず、私はあきらめずに働き続けます。これが人生です、これはスポーツであり、それはすべて私たちの人生経験になります」と彼は短いプログラムに続いて平昌で言いました。「韓国にいることは私にとって本当に大きな名誉です。私はこの大会を長い間待っていました。前回韓国にいたときは松葉杖をついていて、アクティブなアスリートとしてここに来ることすら考えられなかった」と語った。

宇宙の宝くじで
当選番号
が取れなかった肌に合わない
いつものように、デニスは素晴らしい闘志を示し、戻ってくる決心をしました。オリンピックの後、彼は怪我から回復するために休憩を取り、カザフ・ブリティッシュ工科大学で石油産業のMBA研究に専念しましたが、6月のスケートショーのために氷上に戻りました。彼は競争を続けたいと考え、モスクワでのグランプリに出場しました。彼は常にロシアで人気があり、2010年春まで何年もの間ロシアでトレーニングを行っていました。そして彼が私たちの真ん中から連れ出されるわずか数日前に彼は残酷にカナダの振付家であるロリ・ニコルとデビッド・ウィルソンに連絡を取り、新しいショートプログラムを作成し、彼の長いプログラム「苦痛の地球人のSOS」を新しいルールに適合させました。

ロボットになりたくない
地下鉄、仕事、睡眠の間
スケートコミュニティは、デニステンの悲劇的な死に深い悲しみで反応しました。世界中のスケーター、関係者、ファンがソーシャルメディアアカウントに写真やコメントを投稿して、悲しみを共有しました。その中には、2010年のオリンピックチャンピオンであり、若いデニスが常に尊敬していたエヴァン・ライサチェクがいました。

タジャナは、デニスが当時モスクワで開催されたISU世界フィギュアスケート選手権2005で花の子供だったときに、エヴァンのサインを手に入れたことを誇りに思っていると彼女に言ったことを思い出します。彼はそのサインを特別な場所に保管しました。

なぜ私は生きるのか、なぜ私は死ぬの
かなぜ私は笑うのか、なぜ私は泣くの

か私は
 別の世界から波を拾っていると思う
これらの言葉を書いて、過去にデニスについて話さなければならないのは、まだ非現実的だと感じています。昨年の夏、ほぼ一年前の夏、タジャナがオリンピック後の計画について尋ねたところ、彼はまだ何をするのかわからなかったが、競争を続ける可能性が高いと語った。「振り返ってみると、将来の出来事とは関係なく、高値と安値、メダルと失望、素敵な思い出とそれほど素敵ではない思い出、ユニークなイベント、会議、そして多くの魔法のようなものすべてが起こった素晴らしいキャリアを持っていたことがわかります。そして、キャリアは単一の成果や特定のメダルではなく、全体としてのすべてのイベントの年表に基づいて構築されました。そういえば、スポーツの意味は全然違います。どこかで、私は非常に充実したスポーツライフを送った本当に幸運な人だったと気づきました」と彼は言いました。

私の足は決して地面 にありませんでした私は
むしろ
 私が私の肌に合わないなりたい
です
デニスは多くの業績を上げて素晴らしいキャリアを積み、スポーツ以外での彼の将来は明るく見えました。彼は才能がありましたが、彼に開かれた道はたくさんありましたが、彼は謙虚で地に足のついたままでした。「私は以前とまったく同じ人だと思います。私は今でもスポーツを愛する人であり、彼のファンは彼の成功に満足し、彼の失敗に腹を立てています。私たちアスリートは私たちのようにとどまり、私たちは成長しているだけでなく、内部でも成長しています」と、タジャナがショートプログラムに続いてミックスゾーンで最後に彼にインタビューしたとき、彼は平昌で言いました。

私は世界を逆さまに見たいです
私はむしろ鳥になりたい
です
眠りに戻る、親愛なる子供
デニス・テンは永遠に多くの人々の心にとどまります。

TatjanaFladeとMarioMeinel

*イタリック体のテキストは、彼の友人であるカザフの歌手ディマシクダイベルゲンが演奏したバージョンでスケートをした最後の無料プログラムである「SOS of a earthling indistress」(「SOSd'unterriendétresse」)の歌詞です。


Denis Ten had only 25 years of time, but he shone bright before his life was cut short by a senseless act of violence on July 19 in his hometown of Almaty when he surprised thieves at his car that apparently tried to steal the mirrors. The two men stabbed the skater brutally and he died of heavy blood loss in hospital where doctors desperately tried to save his life.

Why do I live, why do I die
Why do I laugh,
why do I cry
Here is the S.O.S.

Of an earthling in distress
My feet were never on the ground

I'd much rather be a bird

I don't fit my skin*
The news shocked not only the skating family, but people all over the world. Athletes, coaches, officials, fans, journalists and many others did not want to believe the terrible truth that this brilliant young man was gone. A bright star had left the earth for the sky far too soon.

Denis Ten not only wrote sports history by becoming the first Kazakh figure skater to win an Olympic medal – bronze in 2014 – and medals at World Figure Skating Championships, but he singlehandedly put his country Kazakhstan on the world map of figure skating. He was an inspiration to many other skaters and people from Kazakhstan and from all over the world and impressed with his talents. Most people knew him as a figure skater, but he was gifted in so many ways, as a talented musician and songwriter, a photographer and writer, as a dedicated university student. Just a few days before his untimely death, Denis revealed that he took part in the Screenlife Project, a movie maker contest of renowned director Timur Bekmambetov, and that he was in the semifinal of the top 18 of more than 250 applicants with his plot about a hearing impaired girl and speech-impaired boy.

In summer 2017, Tatjana did an interview with Denis while he was in Korea undergoing rehab after suffering his ankle injury. “All athletes have injuries. But even bad things have a side where you can find something positive. Except for thinking over a lot of things in order to keep yourself somehow busy, in these periods I managed to find myself in very different spheres. Photography, writing, detailed project-planning for future projects and the last two distractions were music and animation. In all these areas I was able to achieve some result,” he said. “For some time, music became such a fascinating journey that I even was asked to try myself as a musician. I do not play an instrument to perfection, but it is easy for me to create songs of very different genres. Once, one of my friends who is a major music producer in Kazakhstan, asked me to send him some demo-versions of my songs. Some things I even completed, but there is just not enough time for that.”

I'd like to see the world upside down
What if it's more beautiful

Seen from above

From above
Denis pursued many projects and organized his own skating show “Denis Ten and Friends”. The last edition just took place on June 9 with many of his skating friends. He had participated in two movie projects and he was part of the team that bid for the 2022 Olympic Winter Games to be held in his hometown Almaty (Beijing won the bid eventually).A true artist on the ice, Denis combined his skating and technical difficulty with memorable and beautiful programs such as “The Artist” (short and long program in 2012/13), “Silk Road” (long program 2014/15), “The Young Lady and the Hooligan” (long program 2013/14) and “Rachmaninov Piano Concerto No. 2” (the program that was his breakthrough at the World Championships 2009) and finally “S.O.S. of an Earthling in Distress” (long program 2017/18).

In summer 2017, Denis spoke in an interview with Tatjana about his last programs: “The free program has become a peculiar symbol for me and towards the short program (“Tu Sei” by Vittorio Grigolo) I have a reverent feeling. The idea was born out of amusing situations, but the most valuable for me is that the music (of the free skating) is performed by a Kazakh artist (Dimash Kudaibergen). I feel a very strong connection to the musician and to the piece of music. This adds a certain pressure, but on the other hand I understand that it happens rarely that you manage to find something so precious. I hope when I show this program for the first time to the audience that I will be able to share the emotions that I am feeling myself.”

I always seemed to confuse life
With some kind of comic strip

I'm so eager to get metamorphosed

I can feel something
Drawing me

Drawing me
Drawing me way up high
More than being a successful athlete, a highly intelligent and gifted young man, Denis was most of all a wonderful person, loved by everyone who knew him. He was kind and compassionate, he cared for the people around him, he loved to make jokes and to share is generous smile.

At the same time, Denis had a strong will and never gave up. He went through many ups and downs in his career. Tatjana and Mario recall how Denis competed at the ISU World Junior Figure Skating Championships 2007 in Oberstdorf, Germany, which was his first ISU Championship. He was 13 years old at the time and one of the youngest competitors in the event. After an error on his combination jump, he narrowly missed the cut for the free skating by coming 26th. Later he and his mother Oksana shared that after this disappointing result in his debut they were debating whether it was worthwhile to continue skating, but then he decided not to give up and continued to work and train hard. As it turned out, that first Championship was the beginning of a great career.

It took Denis only two years to jump right into the spotlight in his debut at the ISU World Figure Skating Championships 2009 in Los Angeles, when he skated brilliantly to finish 8th. Other highlights include his silver medal at the ISU World Figure Skating Championships in 2013 and the World bronze medal in 2015 and, obviously, the Olympic bronze medal in 2014, the first Olympic figure skating medal for his country, plus the title at the ISU Four Continents Figure Skating Championships in 2015. Unfortunately, Denis often suffered from injuries, especially to his ankles. He severely injured ligaments in his ankle in summer 2017, but still made it to the Olympic Games in PyeongChang, Korea, which was very important to him as he was of Korean descent. “In spite of the unfortunate events today, I will not give up and continue to work. This is life, this is the sport and it all makes our life experience,” he said in PyeongChang following the short program. “To be in Korea is indeed a big honor for me. I have waited for this competition for a long time. Last time I was in Korea, I was on crutches and I couldn't even think about being able to come here as an active athlete."

At the universe's lottery
I didn't get winning numbers
I don't fit my skin
As always, Denis showed a great fighting spirit and was determined to come back. Following the Olympic Games, he took a break to recover from his injuries and focused on his MBA studies in petrol industry at the Kazakh-British Technical University, but then returned on the ice for his skating show in June. He wanted to continue competing, was entered for the Grand Prix in Moscow – he was always popular in Russia, and had trained in Russia for many years until spring 2010 – and only a few days before he was taken out of our middle so brutally he had contacted his choreographers Lori Nichol and David Wilson in Canada to make a new short program and to adapt his long program “S.O.S. of an Earthling in Distress” to the new rules.

I don't want to be a robot
Between metro, work and sleep
The skating community reacted with profound sadness to the tragic death of Denis Ten. Skaters, officials and fans from all over the world posted photos and comments on their social media accounts to share their grief. Among them was Evan Lysacek, the 2010 Olympic Champion and someone young Denis always had looked up to.

Tatjana recalls how Denis told her once how proud he was to get Evan’s autograph when he was a flower kid at the ISU World Figure Skating Championships 2005 in Moscow where he was training at the time. He kept that autograph in a special place.

Why do I live, why do I die
Why do I laugh, why do I cry

I think I'm picking up

Waves from another world
It still feels unreal to have to write these words and to speak of Denis in the past. When Tatjana asked him almost a year ago last summer about his plans after the Olympic season, he was not sure yet what he will do but said there is a high chance of him to continue competing. “Looking back, independently of what happens in the future, I realize that I had a great career, where everything happened – highs and lows, medals and disappointments, nice memories and not so nice ones, unique events, meetings and many magical things. And the career was not built on one single achievement or a certain medal, but on a chronology of all events as a whole. Thinking about that, the sport has a completely different meaning. Somewhere I realize that I was a really lucky person with a quite fulfilled sports life,” he said.

My feet were never on the ground
I'd much rather be a bird

I don't fit my skin
Denis had a great career with many achievements and his future outside the sport looked bright. As talented as he was, there were so many roads open to him, but he remained modest and down to earth. “I believe I am exactly the same person than I was before. I am still someone who loves the sport, his fans, who is happy about his successes and upset about his failures. We athletes stay the way we are, we are not just growing up, but also growing inside,” he said in PyeongChang when Tatjana interviewed him for the last time in the mixed zone following the short program.

I'd like to see the world upside down
I'd much rather be a bird

Back to sleep, dear child...
Denis Ten will stay in the hearts of many people forever.

Tatjana Flade and Mario Meinel

*The text in italics are the lyrics from the song “S.O.S. of an earthling in distress” (“S.O.S. d’un terrien en détresse”), his last free program that he skated to in a version performed by his friend, Kazakh singer Dimash Kudaibergen.

直近の思い出